第53話 捕われる二人
「美緒…?」
「嬉しくて…。ずっと私を想っていてくれたことが…。」
私が泣きだしたので、彼は困った顔をしている。
困らせたくないのに、どうしようもなく勝手に溢れてくる。
「恭哉さんが想い続けてくれなければ、
私はあなたと再び出会うことはできなかった…。
好きになることができなかったはずだから…。」
諦めないでいてくれたから、もう一度出会うことができて、
彼を好きになれたのだ。
「僕も自分の執念深さには驚くけどね。」
はにかんでいた彼が、長い指で私の涙を拭う。
「写真で君を見つけて、
君のことがわかってから、どうしても会いたかった。
でも、婚約者が決まりかけてると聞いて、焦ったよ…。
如月社長に接触して、なんとか自分が婚約者になれて…嬉しかった。
最初は君が僕のことを好きになってくれなくても、
そばに居られたらそれでいいと思っていたんだ…。」
涙を拭っていた手を止めて、頬を包むように触れる。
その手はとても温かい…。
「だけど、欲が出た。
一つの欲求がみたされると、次の欲が生まれる。
僕を好きになってもらいたいって考えるようになった…。
だから、政略結婚なんて言葉を振りかざして、
僕に縛りつけようとしたんだ。
君に結婚相手は僕しか居ないと思わせようって…。
僕は欲深い人間だろう?」
確かに、彼の言葉に惑わされていた。
“結婚は歴史や家柄がないと出来ない”と言われて、それを考えると、
彼以上に結婚相手にふさわしい人はいないと思ったのだから…。
「言葉巧みに、君の気持ちを自分のいいように誘導して…。
君を想っているなんて言いながら、自分のことしか考えていなかった。」
頬に触れている彼の手の上に自分の手を重ねる。
「私こそ自分のことしか考えていなかったんです…。
私だけがあなたの事を好きになるのが恐くて、逃げた…。
あなたの気持ちに気付くことができなくて、
自分の保身のためにたくさんひどいことを言って…」
言い終わらないうちに、突然抱きしめられた。
でも、この前のように力任せなものとは違って、優しい…。
「次に君に出会えたときは、必ず捕まえようと思ったんだ。
もう見失わないように、この腕の中に君を閉じ込めて、
僕から逃げられないようにしようって…。」
彼の胸に頭を預けるようにしてもたれ、背中に腕を回す。
「私…今の恭哉さんと初めて会った時、予感がしたんです…。」
「予感…?」
どきどきと心臓が鳴っているが、それは私のものなのか、
それとも彼のものなのか、わからない…。
「捕われそうだと…。
あなたに惑わされてしまったら、絶対に逃れることはできないって…。」
今思えば、出会ったときにはすでに、心は捕われていたのかもしれない。
「でも、先に僕を捕まえたのは君だ…。
僕の心を持って行ったまま、居なくなるなんて…ずるいよな。
だから、今度は僕が君を捕まえる番だと思った。」
抱きしめる腕に力が入った。
「捕まえたと思ったら、逃げられて…。
もどかしくて、仕方なかった。
でも、もう逃がさないから…。」
この甘くて心地よい抱擁に、私は酔いそうだ…。
「好きだ…美緒。
もっと僕のことを好きになって…。
もっと僕のことを考えて……。」
こんなに彼が好きでいつも考えてるのに、
これ以上を求められたら、自分が自分でなくなる……。




