第4話 惑わす視線
運転席の窓枠に肘を付いて、私を上目遣いに見る…。
月明かりに照らされた彼の顔はとても美しい。
そして、有無を言わせないような力強い目だ…。
急に、鼓動が速くなる。
「…見たいテレビがあるので失礼します!」
彼に頭をぺこりと下げて、私は夜の街を全力疾走した。
“とにかく、彼が視線に入らないところまで走らなければ…!”
しばらく走ったあと、足を止めて上がった息を整えた。
久しぶりにこんなに走った。
高校までは体育の授業があるが、大学になると希望制になるので、
体育をとっていない私は体を動かすことがめっきり減っていた。
あぁ…見たいテレビがあるなんて、小学生でも使わないような言い訳だ。
明日は学校が早いからとか、課題をしないといけないとか、
もっとマシな言い訳もあっただろうに…。
それでも、あの場所から一刻も早く立ち去りたかった。
そうしなければと思った。
じゃないと…。
彼のまっすぐで、
真剣な眼差しに射抜かれてしまいそうだった……。
反論することが許されないような、
そんな気持ちになってしまいひどく混乱した…。
“悪魔って、あんな感じなのかも…。”
そんな非現実的なことをつい考えてしまう程、
一瞬にして、私の心を揺さぶった…。
こんなの初めてだ。
今まで向けられたこともないような、
強い眼差しに惑わされてしまいそうだった…。
まだ、鼓動は速いままだが、私は再び、家へと歩き出した。
短い時間の中でたくさんの出来事があった。
それに、乗じて疑問も浮かぶ。
なぜ、彼は私との結婚を望んでいるのだろうか。
うちは、四條グループに比べるとかなり小さい会社である。
結婚して得するのは、四條グループの後ろ盾を得られるうちだけで、
あっちは損こそしないが、得はしないと思う。
じゃあ、私との結婚を本気で望んでいるとか…?
写真を見て気に入ったと言っていたが、
私の容姿なんて、良く言っても中の上ぐらいだ。
いくら写真写りがよくても、一目ぼれするほでもないと思う。
それに、「今まで彼氏もいたことない=女として魅力がない」
という方程式がすでに私の頭の中ではできあがっている。
どう考えても、自分よりかわいくて、美人な女の子は山ほどいる。
なんなら、私がピックアップしてもいい。
あと考えられることとなると…彼がブス専であるか?
いやいや、そんな理由ならあまりにも私は可哀想すぎる…。
できるなら、別の理由がいい。
やっぱり、他に何か理由があるのだろうか…。
何にしても、あの人には気を付けなければ…。
惑わされてしまったら、きっと……。
彼に捕われる………。
「逃げられたか…。」
走り去った私の後ろ姿を見て、彼は一人つぶやく。
「でも、どんなに嫌がっても逃がしてあげない…。」
当然私には、彼のつぶやきなんて聞こえなかった。
「先に僕を捕まえたのは君だ…。美緒…。」




