第45話 勘違い
「いや…あの、ちょっと待って。」
「…?」
彼はなぜか焦っているようだ。
「混乱してて、何から言えばいいのかわからないんだけど、
“次の相手”って一体誰のこと?」
“次の相手”は、彼の新しい婚約者の人のことだ。
わかっていないのだろうか…?
「この前、駅前で一瞬お会いしましたよね…?」
「ああ、君がショッピングモールに居て、
僕が向かいの百貨店に居た時のことだろう?」
それはわかっているようだ。
なら、隣にいた相手のことだと容易にわかるだろうが…。
「…はい。その時に一緒に居た奇麗な方は、
恭哉さんの新しい婚約者の方ですよね…??」
とてつもない美人な人だった。
私などがかなう相手ではない。
「その時一緒に居た…?あ~……。
あの人は違う。そんなんじゃないんだ。」
「…でも、とても仲よさそうにしてて…。」
腕まで組んで、楽しそうにしていた。
お似合いだと思ったのだ。
「あの人は、僕の“姉”さんなんだ。」
「そうだったんですか、おねえさ…」
“ん?ねっ…姉さん!?って、えぇ~~~~~~!!!!”
お姉さんだったのか…!!!
あんなに仲睦ましくしていたから、てっきり恋人だと思っていた…。
違ったの!?
「お姉さん…ですか……。」
「そう。買い物に行くから、暇なら荷物持つをしろって言われてね。
あの日は、せっかくの休みだったのに、嫌々付き合わされていたんだ。」
そう言われてみれば、二人はどことなく顔が似ていたかもしれない。
弟が美形なら、姉も美形だったわけか…。
どうやら、とんでもない勘違いをしていたようだ…。
恥ずかし過ぎる。
穴があったら、至急入りたい……。
「ねぇ…さっきのこと、本当なの?」
「さっき…?」
「君が、僕の事を好きだって言ったこと。」
はい…確かに言いました……。
やけになって、勢いまかせに言ってしまったけども…。
“そうだ…、私恭哉さんに告白したんだ”
顔が熱い…。
今の私はきっと茹でダコのように全身が真っ赤だろう。
「嘘じゃないです…。本当です…。
今更こんなこと言ってすみません…。」
「どうして謝るの?」
「あの、だって…もう婚約は解消されてしまったし…。」
彼に次の婚約相手が決まっていなかったのは、内心嬉しかった。
でも、結婚の話は白紙に戻っているはず…。
「してない。」
「え…?」
「婚約は解消していない。
まだ君は僕の婚約者で、僕は君の婚約者だ。」
予想外の展開になってきた。
まだ婚約は解消されてなかった…。
「あの夜に“結婚の話はなかったことにしよう”って言ったけど、
僕は未練がましくてね…なかったことには出来なかった。」
苦笑いをする彼は、何を考えているのだろうか…?
知るのが恐かった彼の気持ちも、今なら聞くことができそうな気がする。
「私、ずっと恭哉さんの気持ちが知りたかったんです…。」
「僕の気持ち?」
何のことだろうといった顔をしている。
「どうして私があなたの結婚相手だったのか…。
どうしていつも優しくしてくれていたのか…。
色々考えていたんですけど、わからなかった。
あなたの事を好きだと気付いてから、余計に気になってて…。
でも、聞けなかったんです。
私の片思いだと思っていたから…、本当のあなたの気持ちを知るのが恐かった…。」
やっと、聞きたいことを聞けた。
彼が何て言うのかはわからないが、自分が納得して聞けた結果なら、
それでいいと思う。
「まだ、聞きたいことがあります。
私達は、昔一度会っていますよね…?
この前パーティーがあったお宅の中庭…、薔薇のアーチで…。」
昔のことも、彼に会ったら聞きたかったことだ。
もし、昔会っていたとしたら、なぜ私と再会した時に、
“はじめまして”と言ったのか…。
彼の方を見てみると、とても驚いた顔をしている。
私が言ったどの部分について驚いているのだろうか?
「…正直、どこに驚いていいのか…。」
テーブルに片肘をついて、顔を覆っている。
“そんなに驚くことを私は言ったのかな…?”
「そうか…、そうだよな……。」と独り言を言っている。
そして、顔を上げると私に微笑みかけた。
「前に“君の知りたいことは何でも教えてあげる”って言ったからね。
その言葉の通り、何でも教えてあげるよ…。
でも、ちょっと場所を変えようか…。」
そう言って、彼は席を立ったので、私も立ちあがった。