第39話 叱咤
「っていうか、アンタさっきから何なの?」
「…はい?」
「あ~もう、いいかげん、聞いててイライラするわっ!ムカつく。」
おとなしく私の話を聞いていた裕子が、険しい顔をしている。
「まったく!ぐじぐじして、いくじがないっ!!
人のことなんてお構いなしで、かつ失礼な、
いつもの美緒はどこに行ったのよ?」
「…ちょっと裕子さん、かなりひどいこと言ってませんかね…?」
「実際そうでしょうがっ!!」
こっ怖い…。
目が見開いている…。
「ねぇ…美緒。本当にどうしたのよ…。
なんでいつものように、ちゃんと自分の気持ちを伝えられないの?」
「裕子…。」
裕子はいつも自分のことのように、私の心配をしてくれる。
“私よりも、私の気持ちがわかるんだから…。”
これまで、彼女の言葉に数えられないぐらい、助けられてきた。
「前に言ったよね…?
自分から逃げてたら、せっかくの良い出会いを見逃すよって…。」
「…うん。」
確かそんなことを言っていた。
あの時は、そんなに深く考えていなかった。
「人や自分に遠慮して叶う恋なんてないんだよ?
“この人だ”って思ったら、なりふり構わなくなっちゃうんだから。
どんなに自分が格好悪くても、みじめでも、そんなのは気にならない。
美緒は恋愛に気取りすぎなんだよ。
何も考えずに、自分の想いだけを信じたらいいんだからね。」
そうか…。
私はたくさんのことに遠慮していたのか…。
“遠慮して叶う恋はない”か…。
今なら良くわかる。
「裕子の言う通りだよ…。
私は色んなことを気にし過ぎて、自分の思うように動けなかった…。
自分のやりたいように、やらせてあげられなかった。」
だから、こんなに後悔しているのだろう。
「彼から婚約を解消しようって言われてから、
後悔することが多かった…。もう遅いのにね…。」
悔んでも、仕方がないのだ。
進んだ時を戻すことなどできないのだから…。
「美緒は、本当にそれでいいの?」
「……。」
だって、どうにもできないのだから、
彼とのことは忘れるしかない。
「自分の気持ちにケリを付けなよ。
そんなんじゃ、いつまで経っても前に進めないよ?」
前に進む…。
私は、ずっと後ろを振り返ってばかりだ…。
行動だけじゃなくて、気持ち的にも後ろ向きになってる。
「ケリを付けるって…どうやって?」
私の中では、彼を忘れることで前に進もうと思っている。
それではいけないの…?
「美緒が思ってること、全部彼に伝えなさいよ。」
「でも…。」
もう前に進み出した彼に、過去の話をしてもいいのだろうか…。
それこそ、彼の迷惑になってしまうのでは…。
「彼のことを忘れるにしても、
今の自分の気持ちに区切りをつけないとだめ!
じゃないと、これからも彼のことを引きずったままだよ?
こんなに苦しいことなんてないと思う…。」
いくら、頭の中では彼のことは意識しないようにして、
忘れたふりをしていても、心では彼のことを想ってしまう。
だから、区切りを付けることが必要なのかもしれない。
「うん…。私、ずっと苦しいんだ…。
忘れようと思えば思うほど、
私の中で彼への想いが育っていくのを感じてるの…。
どうしていいのか、わからなかった…。」
こんなのもやもやした感情なんて、経験したことがない。
「そう思うならなおさら、自分の気持ちを彼に伝えた方がいいね。
もう、後悔しないように、ありのままの自分を出して…。
きっと、彼も美緒の気持ちを聞いてくれるよ!」
「…だといいんだけどね。」
今更何を言い出すんだと思われるかもしれない。
自分が結婚したくないと言ったのに、勝手だと…。
不安な気持ちでいると、裕子が私の肩をばしっと叩いた。
「辛気臭い顔しない!
やけになって、全部言ったらいいんだよ!
彼だって、美緒の本当の気持ちが知りたいって思ってるはずだよ…?」
「いたい…。そうだね。うん!今度こそ自分に正直になるよ!」
裕子に喝を入れてもらって、なんだかスッキリした。
もう、うじうじするのは止めよう。
「やっと、いつもの美緒らしくなってきたじゃん!
その調子で頑張れよっ!!」
「ありがとう。」
こうやって、気にしてくれる友人がいるから、
私は元気になれるのだ。
やっぱり少し恐いけど、
それでも、本当の気持ちを彼に伝えよう…。
そうして得られる結果なら、私も納得がいくだろう……。