第36話 消せない想い
あれから一週間が経った。
彼とは、ほぼ毎日メールでやり取りしていたのに、
あの日を境にぱたりと連絡は途絶えてしまった。
当然だ…。
それだけの事を、彼にしてしまったのだから。
きっと、私のアドレスも削除しているだろう。
私は……。
今も消せないまま…。
登録していても、使うことがないのだから、
さっさと消せばいいのだが、それができない…。
あの夜のことは、まるで昨日の出来事のことのように、
かなり鮮明に覚えている。
あれで私達の関係も終わったのだ。
私達の関係って何だったの…?
“政略結婚をするかもしれなかった相手”
なんてあやふやな関係だったんだろう。
簡単に壊れてしまうような、脆いものだった。
所詮はその程度だったんだ…。
この出会いはお互いにとって、ただの通過点に過ぎず、
彼と私の人生は交差してなかった。
もう、彼と会うことはないだろう。
なのに…。
心にぽっかりと穴が開いてしまったような、消失感がある。
でも、こんな気持ちも今だけ…。
きっと、時が経つにつれて薄れていくはず。
彼のことも、思い出せないぐらいに…。
部屋の壁に掛けてあるカレンダーを見る。
「もう10月か…。」
来月は裕子の誕生日だ。
そろそろプレゼントの用意をしなければ。
今日は特に用事もないので、買い物がてら探してみよう。
家に一人で居ると、
考えたくないことを考えて、滅入ってしまう。
気分転換にもちょうど良い…。
部屋着から外出用の服へと着替えて、出掛けることにした。
この辺で一番品揃えが良い、駅前にあるショッピングモールに来た。
今日は土曜日なので、家族連れやカップルが多い。
適当に色んな店に入って、品物を物色する。
“誕生日プレゼントか~。裕子は何が欲しいのかな…”
考えていると、アンティーク調の写真立てが目に留まった。
花の模様に小さなストーンが散りばめられていて、
とてもかわいい。
そういえば、
「彼氏との写真がたくさんあるけど、
飾れるようなちゃんとした写真立てがないのよねぇ」と、
前に言っていた気がする。
これなら使ってもらえそうだ。
レジに持って行き、プレゼント様にラッピングをしてもらう。
「少しお時間が掛かりますので、店内でお待ち下さい」
と店員さんに言われ、もうしばらくこの店で時間を潰すことにする。
プレゼントが早く見つかって良かった。
これで裕子も、彼氏との写真を飾れることだろう。
“彼氏か…”
私も早く恋人が欲しいものだ。
政略結婚の相手ではなく、普通の恋人…が。
あ……。
また、彼のことを思い出してしまいそうだ。
せっかく忘れていたのに、彼に意識がいきそうになる。
“余計なことは考えないで、店の商品を見よう…”
さっきは、店の入口の辺りしか見ていなかったので、
反対側の商品も見てみる。
かわいい小物がたくさん置かれていて、
すぐに私の意識はそちらに向く。
反対側はガラス張りになっていて、外は通に面している。
通りを挟んだ向かいには、大きな有名百貨店がある。
性格が庶民的な私は、バーゲンなどの催し物がない限りは行かない。
お金持ちでなければ入らないような、
海外の超高級ブランド店が多数入っている。
何度か冷やかし程度で店に入ったことがあるが、
桁違いな物ばかりだった。
私は店内から、何気なく向かいの百貨店の入口を見ていると、
一際目立つ人物が目に入った。
「恭哉さん?」
間違うはずがない。
彼だ。
「だれ…?」
そして、その横には…。
楽しそうに彼と腕を組んでいる女性が居た……。