第35話 心の叫び
パーティー会場からは、賑やかに笑い声などが聞こえてくる。
みんなお酒が入ったことで、盛り上がっているのだろう。
…もう彼もその中へと、入っていったのかもしれない。
私はまだその場から動いていない。
あの賑やかな場所へは戻りたくなかった…。
薔薇のアーチの近くにあるベンチへと腰を下ろす。
やはり、この光景を以前にも見た事がある…。
この家で見たのか…。
どれぐらい前の事だろう。
もし、私が小学校に上がる前後なら、
さすがにはっきりとは覚えていない。
過去へと想いを廻らせるが、
その考えだけに集中することができない。
どうしても私の意識は、ここに居ない彼へといってしまう。
自分が出した答えに、相応しい終わりだったはずだ…。
どうせ、結婚の事は自分から断るつもりでいたのだから、
向こうが先に言ってくれて良かった。
余計な手間が省けた。
これは、私が望んだ事なんだから、何も気にする必要などない。
「あれ…?」
頬に違和感があり、手を当ててみると温かい液体が触れた。
「嘘でしょ?私、もしかして…泣いてるの……?」
ありえない。
どんなに泣けると言われるラブストーリーや、動物ものの映画を見ても、
感動こそするが涙など一つも流さない私が…泣いてる??
「違う。きっと、目にゴミが入ったんだよ…。」
メイクをしているにも関わらず、ごしごしと目を擦るが、
いくら擦っても涙は止まらない。
止まらないどころか、余計溢れてくる。
「おかしいな、私…。別に悲しくもないのに…。」
それなのに…。
胸が張り裂けそうな程痛い…。
溺れた時みたいに、うまく呼吸ができない。
胸を押さえて下を向くと、ハーフアップにまとめていた髪が、
肩を滑り落ちてきた。
その髪を見て思い出す…。
前にこの髪にキスをしてくれた人…。
「…恭哉さん。」
自然と彼の名前が口から出る。
その名前を呼ぶだけで、苦しい…。
とてもひどい事を言ったのに、
彼は私を怒って責めたりなどしなかった。
勝手なことをしたのに、
それでも私の事を真剣に考えてくれていた。
あんなに優しい人を傷付けるなんて…。
パーティー会場で、
彼がたくさんの女の子に囲まれていたのを見てから、
自分の暴走する気持ちを、止められなくなった。
あそこに居た自分はとても小さな存在に思えた…。
そんな自分が彼を好きになってもいいのか、
わからなくなった。
彼を好きになって傷付くのが嫌で、逆に彼を傷付けた。
私は逃げたんだ…。
彼は私の事を理解しようと、ちゃんと歩み寄ってくれたのに、
私は向き合う事もわかり合う事もせずに、ひたすら逃げてしまった…。
“君はずるい人だね…”
彼が言うように私はずるい。
本当は…ひどい事を言っても、それは私の本心ではないと、
彼に気付いてもらえると思っていたのかもしれない。
彼ならわかってくれるだろうと…。
“あんなにひどい事を言うのは、あなたを意識していたから。
結婚を嫌がったのも、何もかも全部…、
あなたを想えば想う程、どうしようもなく不安になっていたから…”
私だけ、こんなにも彼を想っているのかもしれない、
そう考えると、見えない彼の心を知るのが恐かった。
“だから、早く気付いて…本当の私の気持ちに…”
彼に向かって、心の中ではそう叫んでいたのだ。
伝えたくても伝えられない。
もどかしい、私のこの想いを…。
言葉にしないで理解してもらおうなんて、本当に私はずるい…。