第34話 二人の距離
“どうしよう、私…。
彼が一番傷付くことを言った…”
昔から外見しか見られなくて、
自分の中身は見られていなかったと以前言っていた。
そのことで思い悩んでいると知っていた。
なのに、私は彼の最も弱いその部分を傷付けた。
早く弁解しなければ…!
さっきは言い過ぎてしまった、
本当は全然そんな風には思っていないんだと…。
「あの…」
「それが君の気持ちなのか…。」
話し出したと同時に、彼の言葉が重なって、
遮られてしまう。
「ずっと、僕に嫌々合わせてくれてたんだね…。
政略結婚の相手である僕を無下にはできないから…。」
私の腕を掴んでいた手の力が弱まり、痛みからは解放された。
「はは…。なんだ、全部僕の思い込みだったわけか…。」
自嘲するようにそう言うと、腕を掴んでいない方の手で顔を覆う。
「この前食事に行った時に、君が僕に近付いてくれたと思った。
でも、僕に気を使ってくれただけだったんだろう?
それに気付かないで…自惚れてるよな…。」
顔を覆っていた手を外し、正面にある薔薇のアーチを見つめる。
その表情は、まるで傷付いた小さな子供のようだ…。
こんな顔を、以前にも見た気がするが、
今は過去を思い出している場合じゃない。
「私本当は…」
ちゃんと彼に謝ろうとしたその時、急に腕を引っ張られた。
そのまま勢いよく、彼の胸の中へと飛び込む。
たくましい腕に強く抱きすくめられ、足が浮く。
突然の事に驚いて、離れようと彼の胸を両手で押す。
しかし、離れるどころかますます腕の拘束は強まり、
まったく身動きがとれなくなった。
「君はひどい人だね…。」
私の耳元で囁く。
抱きしめられているので、今、彼がどんな顔をしているのかわからない。
「近付いたと思ったら、すぐに離れていってしまう…。」
苦しみを吐き出すような声に、私は言葉も出ない。
「君が僕との結婚を嫌がっていても、僕のことを知ってもらえたら、
その気持ちを変えられることができると思った…。
まだ出会って1カ月ぐらいだし、時間が掛かっても、
いずれ結婚したいと思ってくれるだろうって考えてたんだ。
でも、こんなに嫌がっていただなんて…。
こうして近くに居ても、君と僕との距離は遠かったんだね…。
君の気持ちを読み間違えてたみたいだ…。」
抱きしめていた腕を緩め、私と目線を合わせるように屈み込む。
いつもなら、反らせない程の強い目をしているのに、
今は頼りなく不安げな目をしている。
彼にこんな顔をさせてしまったのは、間違いなく私……。
「ねえ、美緒…。
君は僕の言うことなんて信じてくれないかもしれないけど…、
これだけは信じてほしい。
僕は、君と結婚したかった。
他でもない君だから、結婚したいと思えたんだ…。
その気持ちは今でも変わっていない。
でも、僕がそう望むことで君の迷惑になるのなら…。」
私をまっすぐ見つめる。
「結婚の話はなかったことにしよう…。」
彼は苦しみを押さえるように、優しく微笑む。
肩からそっと手が離される。
私に触れていた彼の温もりが消えていく…。
私に背を向けて、パーティー会場の方へ歩き出す。
徐々に遠くなっていく彼との距離を埋めたかったが、
私はその場に佇んだまま、その距離を埋めることができなかった…。