第33話 暴走する感情
先に戻ってほしいとこんなに頼んでいるのに、
彼は動くことなくまだここに居る。
どうして、早く行ってくれないのだろうか…。
「何か、君の気に障ることを僕がしてしまったのなら、
はっきり言ってほしい。
中途半端なままにしておくことなんて出来ない。
もしそうなら謝るから…。」
どうやら、彼は私のお願いなど聞いてはくれないようだ。
「何でもないですから…。
気に障ることなんてありませんので、
謝っていただく必要はないです。」
“だから、私には構わないで…”
そういう思いを込めて、彼に背を向ける。
「…何でもないことないだろう?
美緒、ちゃんと言ってくれないとわからない。」
今までの穏やかな口調よりも、少し厳しいものに変わる。
なぜ、私が彼に問い詰められなければならないのだろう?
何でもないし、怒ってもいないと言っているのに!
「もう…、放っておいて下さい!!」
訳もわからず、募る苛立ちを彼へとぶつける。
完全に支離滅裂。
こんなの…ただの八つ当たりだ……。
駄目…これ以上、彼と話しているともっとひどい事を言ってしまう。
今の私は、冷静に考えられない。
自分の感情を制御できないでいる…。
彼が動かないというのなら、
私がこの場から立ち去るしか方法がないだろう。
“早く行こう”
そう思って走り出そうとしたら、
いきなり後ろから腕をぐっと引かれた。
「美緒!!」
逃げられないように、しっかりと掴まれている。
「放して下さいっ…!」
それでも何とかして振り払おうとするものの、びくともしない。
線の細い彼からは想像もつかないぐらいの強い力…。
改めて、この人は男の人なのだと認識させられる。
「お願い、放して!」
「駄目だ…逃げる気だろう?
離さない。何が気にいらないのか言って。」
低い声で、動けないように私を支配する。
「…どうして!?どうして、そんなに私に構うんですか!
私なんか放っておいたらいいでしょう!!」
ここ何年もの間、こんなに大きな声を出した覚えがない。
「放っておけるものなら、とっくに放ってる!」
より腕を掴む力が強められる。
掴まれている所がズキズキと痛む…。
「そうですよね…。
私は、あなたの政略結婚の相手だから、勝手な事をしないように、
ちゃんと見張っておく必要がありますね。
もしかして、父に言われでもしましたか?」
嫌な言い方だ。
本当は、彼が純粋に私を心配しているとわかっているのに、
暴走する想いは止まらない…。
「違う。」
彼は否定するが、私の苛立ちはエスカレートしていく。
「うちの会社があなたの会社にとって、
どれだけの利益をもたらすのか知りませんが、
わざわざうちみたいな発展途上の会社の娘を
結婚相手に選ばないといけない程、
そちらの会社は落ちぶれているんですか?」
一度走り出した想いは、
もう自分でもどうにもならない。
“止めて、違う…違うの!
こんな事彼に言いたくなんてないのに…!!”
「あなたのルックスなら、さっき囲んでいた良家の女の子ぐらい、
簡単に落とせるでしょう?向こうはその気でしたよ?
どう考えても、私よりも彼女達の方があなたによっぽど似合ってる。
私はあなたの結婚相手として相応しくない。」
息つぎをするのも忘れて、早口でまくし立てるように言った。
………。
言ってしまった後に気付く。
“今…私、とてもひどい事を彼に…!!”
急いで振り返る。
月明かりが彼の顔を照らし出す。
彼は、悲しそうに…俯いていた……。




