第32話 すり替わる気持ち
私に向けてくれる、優しさや微笑み…。
それは、私だけに与えてくれるものだと、思っていいのだろうか?
“もしそうなら、私はあなたの事を…”
ようやく気持ちに結果が出せると思った矢先…。
「恭哉さ~ん!」
彼の後ろから大勢の女の子達がやって来た。
彼女達は、隣に居た私などまるっきり目に入ってないらしく、
私を押しのけて彼を囲んだ。
一気に彼との距離が遠くなる。
「いつ、いらっしゃったんですかぁ?」
「そのスーツ素敵ですぅ~!」
と、甘ったるい声で話す。
美人でかわいい子達ばかりだ。
自分は綺麗で可愛いんだという自信に満ち溢れている。
とても華やかで、どの女の子をとって見ても彼とよく似合う。
私とは全然違う…。
私は彼女達のように美人でも可愛くもないし、
自分に自信なんてない。
なのに、こんな自分を彼が、
恋愛感情を持っているかもしれないなど…。
とんだ自惚れだ。
ほら…、
思っていたように、私なんかよりも彼に似合う子はたくさんいる。
ようやくわかった。
私と彼とでは釣り合わない。
今のこの彼との距離が、
そのまま二人の心の距離であるように感じられる。
彼は女の子達に囲まれて、楽しそうに笑っている。
“私以外の女の子にも笑うんだ…”
そう思うと、胸がチクリと痛む。
自分以外の人に笑い掛けている姿を見たくなくて、
その場から離れた。
一人になりたい。
あそこに居ると、今にも涙が出てしまいそうだった…。
別に、彼が誰と話そうが誰に笑おうが、
関係ないし全然悲しくもないはず。
…なのにどうして、こんなにも切ないのだろう?
とにかく、一人になりたいと思いながら歩いていると、
知らない間に中庭まで出てしまったらしい。
ここなら誰も居ないので、一人になって気持ちを落ち着けられそうだ。
この家に来た時に、妙に気になった薔薇のアーチへと足をすすめる。
近くまで来て見てみると、意外に大きかった。
まじまじとそれを見る。
「やっぱり見覚えがある…。」
以前にここに来たことがあったのか…?
頭の中に暗闇の薔薇のアーチが浮かぶ。
それは、今ここで見ているものよりも目線が低い。
“そうだ。前見た時も、夜だったような…”
過去のことを思い出しかけた、その時だった。
「美緒…!」
今、一番聞きたくない声がした。
振り返りたくないのに、
気持ちとは相反して体が声の主の方へと向く。
そこに居たのは軽く息が上がっている彼だった。
「急に会場の外へ出て、どうしたんだ?」
よく見ると服が乱れている。
外へ出た私を走って追いかけてきたのだろうか…?
「人がたくさん居たので、
少し気分が悪くなって外の空気を吸いに来ただけです。」
とてもじゃないが、女の子達と楽しそうに話しているのを、
見たくなかったからだとは言えない。
「大丈夫?一緒に中庭でも散歩しようか。」
暗くてちゃんとした表情は見えないが、心配しているようだ。
…頼んでもいないのに、勝手に心配などしないでほしい。
「結構です。少ししたら戻りますので、先に戻っていて下さい。」
私は素っ気なく答えた。
そんな私を不振に思ったらしく、彼は「何か怒ってるの?」と尋ねる。
「いいえ。怒ってません。」
「じゃあ、何でこっちを見ないの?」
そう言って、私と目線を合わせようとする。
私は目が合わないように下を向く。
「ほら、怒ってるじゃないか。」
ため息を一つ付く。
ため息を付きたいのは、こっちの方だ。
「怒っていませんから。
一人になりたいので、先に戻ってください。」
早くこの場から去ってもらいたくて、
再度彼に、戻るように促す。
“お願いだから、早くどこかへ行って…!じゃないと私…”
彼の前で泣いてしまいそうだ……。




