第31話 不機嫌な彼
「…こんばんは、恭哉さん。」
自分の気持ちに整理が付かないまま、再会してしまった。
彼は私ではなく、その隣の方へと視線を向けている。
「美緒、彼らとは知り合いなの?」
「彼ら…?」
そこには、私に声を掛けてきた男達が居た。
…いけない。
ついに、存在を忘れていた。
彼はその男達を、今まで見たこともないような鋭い目で睨んでいる。
その目だけで、彼らを殺してしまうのではないかと思うほどだ。
綺麗な顔で睨むと凄まじい迫力がある。
もし、自分に向けられていたらと思うと恐ろしい…。
彼に睨まれた男達は、何も言わずに慌ててその場から去っていく。
皆、顔が青白くなっていた。
あんな風に睨まれたらそうなるだろう。
“蛇に睨まれた蛙”とは、
今のような場面で使うのが適しているに違いない…。
何が原因かはわからないが、
どうやら彼を不快にさせてしまったようだ。
以前、彼に嫌がらせでもしたのだろうか…?
自分達よりも、良い男だからとか言って妬んでいたのかも。
「何か言われたりされたりしなかった?」
男達に向けていたものとは違って、
私には心配するような目をしている。
「…いえ、あっちで飲もうとか言われただけです。」
彼は少し眉を寄せる。
この発言も、何か引っかかるものがあったらしい。
「そんなこと言われたのか…。
言い寄られているように見えたから、心配だった。」
言い寄られる?
絡まれたの間違いだ。
酔っ払っていたところに私が一人で居たから、
コンパ的なノリで絡んできたのだろう。
全く、迷惑極まりない。
しかし、なぜ彼は私が絡まれている場面を見ていたのだろうか?
“こんなに大勢居る人の中から、私一人を見つけてくれた…とか?”
…いや、自分の良いように解釈しているだけだ。
たまたま私が目に入ったのだろう。
「美緒、可愛いね。」
「え…?」
急に褒めるものだから、びっくりする。
今日の服装のことか。
「このドレス、父の秘書さんが用意してくださったんです。」
彼も私と同じように、可愛いドレスだと思ってくれたみたいだ。
「ドレスもだけど、それを着ている君が可愛い。」
……。
良かった。
今日はパーティー用に、いつもよりも濃いめにチークを入れているので、
顔が赤くなっても多少ごまかせる…。
この人は会うたびに、むず痒くなるような甘い台詞を言ってくる。
言われるこっちの身にもなってほしい…。
「今日は如月社長と一緒に来たの?」
彼は周りを見渡しながら、尋ねる。
どうやら父を探しているようだ。
「はい。どこかに行ってしまったようです…。
恭哉さんは、今いらっしゃったんですか?」
「そう。仕事が長引いて到着が遅れてしまった。」
それで、パーティーの最初には居なかったのか…。
「この前、仕事で如月社長とお会いした時、
パーティーに君も連れていくと言ってたんだ。
だから、多分、君も来るだろうと思ってね。
急いで来たんだ。」
父はどうやら、彼に私が行くことを言っていたらしい…。
でも、そう言う彼に、また私は自惚れてしまう。
主催者を祝うためではなく、私に会うために。
仕事が忙しかったのに、
わざわざ会いに来てくれたということなのだろうか?
“あなたがそんな事を言うから、私は勘違いしてしまう…。”
何気ない一言で、
一体どれだけ私を揺さぶるつもりなのだろうか。