第26話 ひも解いていかれる心
「はぁ~…」
私は今日、何回目かもわからないぐらいの深い溜息を、
教室の片隅でついた。
原因は…パーティーのことももちろんあるが、一番は彼のことだ。
ここ数日、頭の中は彼のことでいっぱいだ。
変わらずメールのやり取りはしているが、
なんだかムラムラ…違う。もやもやしている気分になる。
これまで感じたこともないような、
何ともいえない妙な気分が続いている…。
教室に、教授が入ってきて、講義が始まった。
教授が慌ただしく黒板に板書をしているが、
私は全然授業に集中できていない。
手にシャーペンを持ってはいるものの、
手元にあるノートにはまだ一文字も書いていない。
授業を聞こうとするが、頭に何も入ってこない。
すると、突然横に座っている裕子からメモが回ってきた。
“どうしたの?元気ないじゃん。”
まったく、裕子の観察眼には感服する。
“そうかな?普通だよ。”
でも、心配をかけたくないので、あくまで平静を装う。
“うそつけ。全然ノートとってないじゃん。
いっつもなら、教授のくだらない発言までメモってるくせに。
何か悩んでることでもあるんでしょう?
優しい裕子さんが、話を聞いて差し上げる。
だから、言ってごらんよ。っていうか、さっさと言って。言え。”
彼女の目はごまかせないか。
よく私のことを見てるな…。
…でも、なんか文章の後半は脅しみたいだったけど。
なんだか、それも裕子らしくて笑えた。
今日の講義が全て終わったので、荷物をまとめて帰ろうとすると、
裕子に腕を引っ張られた。
「ほれ。行くよ!」
「ちょっ…行くって、どこに?」
廊下をぐいぐいと引っ張られながら歩く。
「どっか適当な店に入って、アンタの悩みを聞いてあげる!」
いつもにも増して、強引だ…。
彼女からは、どうやら逃げれそうにない。
大学の近くの喫茶店に入って、店員さんに注文する。
頼んでからすぐに注文した飲み物がきたので、ひとまず口にした。
「で?恭哉さん…?だっけ??と何かあったの??」
一息ついてから、裕子がおもむろに話し出す。
私が何に悩んでいるかなど、一言も言っていないのに、
ずばりと裕子は言い当てた。
そんな風に私が思っているのが、顔に出ていたようで、
「今、悩むことって言ったら、その人のことしか考えられないし」
と、言われた。
完全に、私の思っているこがばれている。
「…この前、彼とランチに行った。」
「えっ!?何!デートしたの!!」
なぜか、裕子は興奮してる。
「そういうのじゃないから。ただ、会ってランチしただけだよ。」
「それを一般的には、デートっていうのよ!!」
そうなのか…。
あれはやっぱりデートだったのか…。
「それで!それで!!」
早く続きを聞かせろと言わんばかりに、催促する。
心なしか、鼻息も荒い…。
「会って、ランチして。それで…。」
「きゃ~!まさか、キスでもされちゃったの!?」
突然、突拍子もないことをさらっと言われて、
私は口に含んでいた飲み物を、危うく吹き出しそうになる。
「違う!勝手に想像して盛り上がらないで!!」
「は?違うの??何だ。つまらん。」
想像力が豊かなのはいいが、私で想像しないでもらいたい。
「じゃあ、何をそんなに気にしてるの?」
裕子は、オレンジジュースをストローでかき回している。
「私、今すごい混乱してるんだ…。」
「混乱?」
「うん…。どうしたらいいのか、わからない。」
こんなことを裕子に言っても、困らせるだけだろう。
それでも、裕子は私の話を聞いてくれる。
「何がわからないの?」
「彼に対する、自分の気持ち…。」
「どんな風に?」
まるで、裕子はカウンセラーのように、
私のぐちゃぐちゃになっている気持ちを少しずつひも解いていく。
「前みたいに、そんなに結婚するのが、
嫌じゃないって思うようになってるんだ…。」
「うん。それで?」
「そう思うようになってから、どうして私と結婚したいのかなって考えて…。
彼の気持ちを知りたいのに、知るのが恐くて…。
そんなこと考えてると、もう訳わかんなくなっちゃって…。」
知りたいけど、知るのが恐い…。
矛盾する自分の気持ちに、イライラしてしまう。
「…ねぇ。それってさ…。」
「うん?」
「美緒は、もしかして彼のことを好きになっちゃたんじゃないの?
いや…、正確には好きになりかけてるってところかなぁ?
だから、そんなに不安になったり、悩んだりするんじゃないの??」
そうじゃないと言いたかったが…。
やっぱりそうだったんだ……。
私は、きっと彼のことを好きになりかけてる…。




