第23話 困惑
彼の行動に戸惑っていると、手が離されて、
自分の元へ静かに髪が戻ってきた。
「せっかくだから降りようか。」
何事もなかったかのように、ドアを開けて車の外に出た。
ドアの閉まるガチャッという音で、はっとして私も外へ出る。
いけない…。
想定外の事態が起こり過ぎて、私の乏しい知識では対処しきれない。
誰か、“こういう時はこう対処する!失敗しない上手な返し方。”
なるマニュアルブックを作成してほしい…。
発売されたら、速効買いに行く…。
彼の隣に行くと、海の方から風が吹いてきた。
肌に当たると、結構冷たい。
太陽は西に傾きつつある。
日中はまだ日差しが強く暑いが、
陽が沈み始める夕方になるとかなり涼しくなる。
彼も同じようなことを考えていたようで、
「陽が沈むのが早くなったね」と、まぶしそうにしている。
私は、そんな彼の横顔を見て、奇麗だと思った。
彼に引きつけられるように、その横顔に見とれてしまった。
「やっぱり、僕と結婚するのはイヤ?」
海を見つめながら、彼はぽつりと言った。
その表情からは何も読みとれず、彼が何を考えているのかわからない。
「前は…嫌でした。
強いられた結婚なんてと思っていました。
けど、今は…そうでもない…です。」
あんなに嫌で仕方がなかったのに、最近はそこまで思わなくなった。
どういう心境の変化かは、自分にも分りかねる。
説明の付かない感情に、混乱するばかりだ…。
「会って初めは知らないことばかりだけど、
徐々に相手のことがわかっていくようになる。
僕はもっと君のことを知りたいし、
君にも僕のことをたくさん知ってもらいたい。
政略結婚かもしれないけど、君には望んで結婚してもらいたいから…。」
政略結婚なら、相手の気持ちなんて考えないだろうに、
彼は私のことを気にして、考えてくれている。
そう思うと、胸が苦しくなった……。
「私は自分のことしか考えていなくて…。」
彼の気持ちまで考えられる余裕がない。
自分のことで精いっぱいなのだ。
「僕も自分のことしか考えてないよ。」
「そうなんですか?」
それでもちゃんと、私を気遣ってくれているのに。
「頭の中では計算してるんだ。
どうやったら、君の気を引くことができるかとか、
そんなことばかり考えてる…。
でもね、仕事なら計算通りにいくけど、
人の心はそう簡単にはいかない…。
計算するんじゃだめだって…そう思ってる。」
変わらずに海を見つめている彼の表情からは、
やっぱり何も読みとれない。
その言葉も、私を揺さぶるための計算されたものなのかもしれないが、
それでも、彼の本心であるような気がした…。
「暗くなる前に帰ろうか。」
そう言って、彼は車の方へと歩き出した。
私は、その後ろ姿を見つめた。
彼の思っていること、感じていることを、
もっと知りたい……。