第1話 決められた結婚
「美緒。彼は四條恭哉くんだ。」
父に「たまには夕食を食べに行こう」と誘われて行ったレストランで、
男の人を紹介された。
その人は私達が来てからすぐに現れた。
「恭哉くんはお前の夫となる人だ。」
「はい…?」
父に食事に誘われるなんて何かあるに違いないとは思っていたが、
まさかこんなことになるなんて、想像もつかなかった。
「どういうことですか…?」
こういう状況になったら誰しも口にする疑問だろう。
まったく意味がわからない…自分は今どういう状況に置かれているのか。
「四條グループのご子息である恭哉くんが、
偶然お前の写真を見てたいそう気に入ってな。
ぜひとも、結婚したいと申し出てくれたんだ。それで…。」
…なんだ。そういう事か。
「それで私を結婚させたら、
四條グループとつながりを持つことができて、
うちの事業を拡大できると思ったんですね。私の気持ちを無視して。」
言い終わる前に状況を早々と理解した私は父の話を途中から引き継いだ。
私の家である如月家は会社を経営している。
小さい会社ではあるが、近年事業が成功したこともあり、
他社が一目置く存在となりつつあった。
さらに事業を拡大したいと考えていた父のもとに吉報が舞い込んだ。
今、日本で最も勢いのある会社…
四條グループの子息が娘との結婚を望んでいる。
こんなおいしい話を見逃す手はないということで、今回のこの話だ。
「恭哉くんはまだ23歳と若いが、
四條グループの将来を担うとても優秀な人間だ。
そんな彼に望まれて結婚できるなんて、お前は幸せ者だ。」
私の棘を含んだ言葉などはまるっきり無視して、
いかにこの結婚が有意義なものであるかを父は説明する。
「お父さん、私はまだ19歳ですよ?
結婚だなんてまだ早いと思いますが。
それに、大学に通っているのに学業と結婚生活の両立なんてできません。」
聞き入れてもらえるとは思ってもいないが、
それでもやはり嫌だという意志表示はしっかりと示しておきたい。
「もちろん今すぐ結婚という話じゃない。
とりあえずは婚約という形になる。」
「私が婚約もしたくないと言ったら?」
さすがの父も眉根をよせて難しい顔になった。
結婚相手が居合わせている目の前で、
婚約もしたくないなどときっぱり言い捨てる娘に憤りを感じているのだろう。
せっかくのチャンスをここで潰すわけにはいかない。
「すみません恭哉くん。
今娘は少しばかり遅い反抗期でしてね。
すぐ、私の言うことに反抗したがるのですよ。
本当は、あなたとの結婚を喜んでいるはずなのに、照れているのでしょう。」
四條グループの子息の機嫌をそこねまいと、父は必死に取り繕う。
何が少しばかり遅い反抗期だ。
もう10年以上は反抗し続けている。
今に始まったことではない。
でも、父が一度決めてしまったことは、いくら反抗したところで決して覆らない。
もうすでに、決まったことなのか…。
「わかりました。どうぞご勝手に。この政略結婚が破棄されないよう、
せいぜい四條グループに媚を売ってください。
話がそれだけなら、私はもうこれで失礼します。」
あとは、父が勝手に色々とことを進めて行くのだろう。
ならば私は、それに嫌々従うだけで、もう用もない。
テーブルに並べられた料理にはほとんど手を付けずに席を立つ。
せっかく料理を作ってくれたシェフには申し訳ないとは思うが、
父と食事をするというだけで、
初めから食欲なんてこれっぽっちもなかった。
持ってきたハンドバッグを手に持ち、
私は自分の婚約者の顔を一度も見ることなく、
足早に店から出て行った。




