第17話 知らない自分
「それって、向こうが美緒のことが好きなら、結婚してもいいってこと?」
「そういうわけじゃないけど…。」
「私にはそういう風に聞こえるよ。
もしその人が、自分のこと好きじゃなかったらって思うと不安なんでしょ?
自分だけ好きになちゃったらどうしようって。」
「え…?」
そうなの…?
だから、結婚する気になれないの??
「そんな風に思っているってことは、
その人のことを恋愛対象として見てる…つまり、
気になってるんじゃないの?」
“恋愛対象”として…。
考えてもみなかった展開だ……。
「でも、まだ会って2日ぐらいだよ?」
「恋愛に日にちとか関係ないからね。
会った瞬間に“この人だ”って感じるものだと思うよ。」
会った瞬間…。
私は彼と出会った時のことを思い出してみた。
「会ったときは、思わず見とれてしまったけど…。
でもその後になんだか、射抜かれそうになって走って逃げた。」
「射抜かれそうになった?ってどうゆうことよ。」
裕子は「拳銃で狙われたわけ?」とか冗談を言っているけど、
感覚としてはそんな感じだった。
「すごく真剣に見つめられて、困っちゃって…。」
その視線に絡め取られて、捕われそうだと思った。
そう思ったから、捕まってしまう前に逃げたのだ。
「なるほどね。それは、恋に落ちる瞬間だったのかもしれないよ?」
「恋に落ちる瞬間って…。」
「美緒はそういう経験があまりないから、
わかってないだけで、本当はそれ以上見つめられると、
好きになってしまいそうだったから、焦って逃げたんじゃないの?」
更に急展開だ。
自分で考えていたこととは、
あまりにもかけ離れたことを言われて驚いている。
「恋に落ちる瞬間って、
自分の全てが相手に捕われてしまったような感覚かも。」
今、裕子が言ったことと、私が感じたことは一緒だ…。
“自分の全てが捕われてしまう”
私が感じたのは、彼に対する危機感のようなものだったけど、
それは“彼のことを好きなってしまいそう”という意味だった…?
だから、好きになってしまう前に、逃げた……??
「美緒って、誰かを好きなったりしたことってあまりないでしょう?
経験したことのない気持ちに戸惑ってしまったのかもね。」
「そうなのかな…。」
確かに、私は恋愛というか、人を好きになったことがほとんどない。
彼氏は欲しいとは思うけど、人を好きになれないから結果として未だに一人もいない。
「まぁ、その人のことを好きになる前に逃げちゃったんだから、
振り出しに戻ったってことよね。
美緒はすぐ理由を求めたがるけど、恋は好きになった後から理由がわかるもんよ?
理由がわからないからって、逃げてたら良い出会いを見逃しちゃうんだからね!
政略結婚とか何も考えずに、その人と接してみたらいいんじゃないかな?」
さすが、恋多き女だ。
彼女の言うことはかなりの信憑性がある…。
私は理由を求めたがるから、人を好きになれなかったのか…。
それが判明した今でも、彼のことを恋愛対象として見ているのか、
自分ではわからない。
わからないけど、本当の自分の気持ちを知ってみたいと思う。
彼が言ったように、知らないことやわからないことなら、
これから知っていけばいいのかもしれない。
これで、私が彼との結婚を頑なに拒否する理由がなくなった…。