第12話 お願い
私にお願い?
改めて何か言うことがあるのだろうか…??
「僕のこと、名前で呼んでくれない?」
「名前ですか…。」
「だって、“あなた”だとすごく他人行儀でしょ。」
そう言われればそうだ。
私は、自分の中では“四條恭哉”とフルネームで呼んでいたし。
それに声に出すと、どう言えばいいのかわからなかった。
「じゃあ、恭哉…さん。とか?」
「うん。“あなた”よりは、それの方がいいかな。」
私に名前を呼ばれただけで、とてもうれしそうだ…。
「それなら、私も“美緒”と呼んでください。
年上の人に“さん”付けされるのって、変だし…。」
友達からは、“美緒”と呼ばれることが多いので、
呼ばれ慣れない“美緒さん”よりも、断然そっちの方が自分もしっくりくる。
「わかった。美緒…。」
……全然しっくりこない。
名前を呼ばれただけなのに、心臓がバクバクする…。
本当にこの人は、心臓に悪い…。
「さて、そろそろ出ようか?うちまで送って行くよ。」
そう言って立ち上がろうとしたところを、急いで制した。
「いえ!私はこれから友達と約束があるので、
送っていただかなくても大丈夫ですっ!!」
焦りのあまり、早口言葉のようになってしまった。
でも、何としても避けたい。彼の車で帰ることは…。
ここまで来る時は彼の車に乗せてもらったが、
大学からカフェまでは車で5分もかからないので、なんとか耐えられた。
…が。
自宅まで送ってもらうとなると、30分…いや、
信号がもし全て赤であった場合を考慮すると40分はかかる。
その間、この人の横に居るだなんて、緊張し過ぎて呼吸困難になってしまう…。
カフェでの二人きりと車中の二人きりでは 格が違う。
私はまだ、そんな上級偏はクリアできない。
彼は「じゃあ、お金は払わせてね」と言って、
レジにさっさと伝票を持って行ってしまった。
思わず「割り勘で!!」と言いそうになって口を閉じた。
どう考えても、この人が割り勘なんてするとは思えなかった。
お会計を済ませて、店の外に出た。
「ごちそうになって、すみません。」
一言お礼を言っておこうと思って、軽く頭を下げた。
「いいよ。僕が誘ったんだし。
それに、本当は友達と行くはずだったんでしょ?
邪魔してごめんね。」
やっぱり、気付いていたのか…。
でも、裕子にあんな風に言われたら、
彼も「やっぱりいいよ」とは言えなかっただろう。
逆に、気を遣わせてしまったのかもしれない。
「今日は君と色々話せて良かった。
結婚のことだけど…僕の考えは変わらないから。」
「私…。」
「君の気持ちもわかってる。
でも、少しずつ僕のことを知ってくれたらうれしい。」
そう言われると、何も言えなくなる…。
「また、お茶でもしよう」と誘われた。
携帯の電話番号とアドレスを赤外線で交換して、
「いつでも連絡して」と言って、彼は車で帰っていった。




