第11話 彼の一面
「私…。」
どうしよう…。なんて言えばいいのだろう…。
“はい”とは言えないし……。
「まぁ、今のこの段階で返事はできないか。」
小さくため息を付いた彼は、
再びコーヒーカップを持ち上げて口に運ぶ。
張り詰めていた空気が途端に和らぐ。
良かった…。
返す言葉が見つからなかったから、沈黙が生まれるとこだった。
彼は、カチャとコーヒーカップを戻すと、
いきなり私の顔に手を伸ばしてきた。
“なに…!?”
さっきの緊張が和らいで、すっかり気を抜いていた…。
彼の細く長い指が私の口元にそっと触れる。
「口にチョコレートがついてる…。」
囁くようにそう言って、チョコレートを拭った指をペロっと舐めた。
その仕草はとても妖艶でいて、大人の男の色気を漂わせていた…。
「ちょっ…!?」
「甘い。」
そんな一連の動作を、真正面から見てしまった私は、
自分の顔が赤くなっていくのを感じた。
“甘い”ってチョコレートなんだから、甘くて当然…。
じゃなくて、なんで舐めたりしたんだ、この人…!?
言ってくれたら、おしぼりでごしごし拭くのに!!
今時、ドラマや漫画でもそんなことする人はいない。
こんな恥ずかしいことも、そこらの男がやったらかなり引いてしまうが、
彼ならなぜかさまになってしまう…。
あぁ…もう、うるさい!心臓…!!
彼にとったら、こんなことは朝飯前なんだから、
ドキドキするなっ!!
「…他の女の人にも、いつもこういうことしてるんですか?」
自分一人だけ、焦っているのが恥ずかしくなって、なんとか誤魔化そうとした。
きっと、常習犯に違いない。
すごく手慣れていた。
「まさか。僕がそんなことしょっちゅうしてる男に見える?」
彼は「はは」と子供のように笑う。
完全にからかわれた…。
何か…すっかりこの人のペースにはまっている…。
真剣な顔や、赤面するようなことをしたかと思えば、
子供のように無邪気に笑ったりして…。
「私、やっぱりあなたの外見に騙されていました。」
「さっき、君が言ったように外見なんて、
なんの判断材料にもならないんだよ?」
「…そうですね。」
嫌味をたっぷり込めて彼に言うと、あっさりと返された。
“外見はなんの判断材料にならない”
まったくその通りだ。
特にこの人に関しては、大いに当てはまる。
見た目通りの人だと思ってはいけない。
今日私が、学んだことである。
さっきの講義よりも、実践的でためになった。
最初は、クールで寡黙で、紳士的な人だとばかり思っていた。
でも、人をからかったり笑ったりもする。
そして、内には悲しさや、寂しさも持っている…。
この短時間で、彼の色んな一面を見た気がする。
私も、彼の外見しか見ていなかったのかもしれない。
「ねぇ、一つお願いをしてもいい?」
「なんですか?」