第10話 逃れられない宿命
「あの…結婚は一生に一度の大切なものなんですよ?
これから、私に好きな人ができて、それからちゃんと段取りを踏んだのち、
お互いが同意して結婚したいです。」
こう言えば、この人にも私の気持ちが伝わるだろうか?
一般的なカップルが歩む、結婚までの道のり。
すごくわかりやすく言ったはずだ。
どうか、伝わってくれ…。
「君さ、自分がどういう立場に立っているのか、
わかって言ってる?」
彼は頬杖を付いて、外の方を見ている。
店の外は駅前とあってか、平日でも人が多い。
特に興味もなさそうに、彼は行き交う人々を眺めている。
そんな彼を私は伺うように見る。
“私の立場…??”
「君は仮にも社長令嬢だよ?
この先君に好きな男ができても、それなりの家柄や歴史がないと結婚は不可能だ。
つまり言いかえると…、家柄や歴史があるやつとしか結婚できない。」
外に向けていた目線を、私の方に戻した。
「好きな人ができても結婚できない…?」
独り言のように、言葉がこぼれる。
「そういう家に生まれた者の宿命だ。
今まで築き上げてきたことを子孫は守っていく必要がある。
自分の親や、そのまた親もそうだったようにね。
そして、更に発展し、繁栄させなければならない。
そのためにも、政略結婚は必要不可欠だ。」
“宿命”
なんて重い言葉なんだろう。
そこまで、考えていなかった…。
彼に言われないと気付かないままだったかもしれない。
家は家、自分は自分と思ってきたけど、そうじゃなかった。
私も家の一部なのだ。
もう、ずっと前から定められていたことで、
いくら嫌でも、義務なら従わなければいけない。
この家のしきたりや、習わしに縛られて……。
それが、私の宿命なのだ…。
結婚による幸せなんて、私には無関係だった。
「君が思い描いているような結婚はできない。
できないけど、君が幸せになれる方法ならある。」
絶望にも似た感情が私の中に広がっていたが、
そこへ、救いの手が差し出される。
「…何なんですか?」
「僕と結婚することだ。」
頬杖を付いて崩していた姿勢を正す。
「僕は君と結婚することを望んでいる。
あとは、君が僕と結婚したいと思えれば、
政略結婚には変わりはないが、君にとってそれは幸せな結婚になる。
そんなに悲観しなくてもいいんだ。」
その言葉は、弱った私の心に容易に入り込む。
“もしかしたら、そうかもしれない…”
そう思う私は、おかしいのだろうか……?
「改めて言うけど…。
美緒さん。僕と結婚してください。」
私を見つめる彼の目…。
この人を前にすると奇妙な感覚に陥る。
見つめられると、自分が捕われた感じがする。
彼から逃れることはできないと…。
視線に絡め取られていくような、不思議な感覚。
今まで感じたことのない、この感覚に私はひどく混乱してしまう……。
逃げてしまいたいのに、心のどこかで…
彼になら捕まってもいいかもしれないと思ってしまう。
出会って間もない人なのに、どうしてこんなに心を乱されるのか…。




