毛根シネマティック・ユニバース(MCU)~秘密結社事件記録~
すね毛の剛毛が脱毛されて踊り狂う藤田の件
藤田は悩んでいた。
すね毛だ。
いわゆる剛毛。
それも、並ではない。
剃っても剃っても生えてくる。
いや、本人の感覚としては、むしろ剃るたびに強くなっているのではないかと思えるほどだった。
朝に剃れば、夜にはもう存在を主張している。
休みの日に念入りに処理しても、数日後には何事もなかったかのように復活する。
それはもう、毛というより意志を持った何かだった。
「……しぶとい」
風呂上がり、藤田は自らの足を見下ろし、何度そう呟いたことだろう。
しかし、今いる結社に相談することはできなかった。
なにしろここは、かつてカツラ製作を生業としていた者たちが集う秘密結社。
毛に関する悩みならば、ある意味では専門家の集団である。
だが、いつも思っていた。
足を見下ろすたびに――。
「頭より先に考える場所があるでしょうに」
などとは、決して言えない……。
これでも藤田は、カツラ業界秘密結社の幹部である。
部下たちの前で、
「すね毛を先に、脱毛してください」
などと、とても言えたものではない。
だから藤田は耐えた。
長年、耐え続けてきた。
剃刀を替え。
電動シェーバーを試し。
除毛剤にも手を出し。
それでもなお蘇る、あまりにも逞しいすね毛と戦い続けてきた。
◇
そんな藤田に転機が訪れたのは、つい先日のことである。
「藤田幹部、少々実験に付き合っていただきたい」
そう言われ、連れて行かれたのは地下の実験室。
そこに置かれていたのは、例の装置だった。
毛根破壊玉。
その名の通り、毛根へ致命的なダメージを与えるために開発された、結社の新兵器である。
「安全性の確認を兼ねた照射試験です」
「……私に?」
「はい」
嫌な予感はした。
だが幹部として、逃げるわけにもいかない。
藤田は覚悟を決めた。
そして、照射が始まった。
一発。
二発。
三発。
容赦なく飛んでくる毛根破壊玉。
「ちょ、ちょっと待て! 多くないか!?」
「データが必要ですので」
「頭を狙うな、頭を!」
藤田は必死に身をよじった。
決して多いとは言えない。
かろうじて残っている頭髪。
これだけは死守せねばと、本能的に身体が動いた。
右へ。
左へ。
時に腰を落とし。
時に身体をひねり。
迫り来る破壊玉を紙一重でかわしていく。
齢五十を過ぎた結社の幹部とは思えない身さばきだ。
「何を言っているんですか! 頭部をハゲさせなくて何の実験です! 何のための結社だと思っているんですっ!」
慈悲のない宣告だった。
わずかに残った毛根を破壊する――その実験に、藤田は起用されてしまったのである。
分かってはいた。
実験するなら、まず被害の少ない者から試すはずだと。
しかし。
藤田は閃く。
――もし。
もし、これが本当に毛根を破壊するのなら。
頭ではなく。
足に当てれば。
「……」
藤田の目つきが変わった。
次の一発。
真正面から飛来する毛根破壊玉。
彼はわずかに身体をずらした。
完全には避けない。
かといって頭にも当てない。
角度を調整し。
軌道を読み。
絶妙な体さばきで、ギリギリを装いながら避けていく。
「藤田さん、避けるのやめてくださいよ!」
「お前たちは、標的が黙って玉を食らうと思っているのか!? これも練習だ! さぁ!」
「そこまで……あなたって人はっ」
そして降り注ぐ毛根破壊玉。
華麗な体さばきを見せ続け、しばらく経った頃。
藤田は、わざと足に被弾した。
「ぐっ!」
「藤田幹部!?」
「だ、大丈夫だ……続けろ」
「しかし今、足に」
「続けろ!」
藤田の声には、幹部としての威厳があった。
誰も、その胸中を知る者はいない。
もう一発。
さらに一発。
右足。
左足。
均等に。
極めて自然に。
あくまで事故を装いながら。
藤田は着実に照射を受け続けた。
未だ開発中の破壊玉の投手育成のため。
そして、より即効性のある製品開発のために――。
◇
そして数日後。
藤田は風呂上がり、自分の足を見た。
「……ん?」
違和感があった。
いつもなら、すでに黒々と存在を主張しているはずのものがない。
藤田は目を細めた。
足を近づける。
触る。
撫でる。
もう一度見る。
「……ない」
すね毛が。
ない。
一本も。
藤田は震える手で照明を明るくした。
それでもない。
角度を変えて見る。
ない。
手で逆撫でする。
ない。
いつもなら指先に感じる、あの抵抗感がない。
滑らかだった。
「……ツルツルだ」
藤田は、しばらく無言で自分の足を撫で続けた。
そして。
「……っ!」
口元が震えた。
「やった……」
小さく呟く。
「やったぞ……!」
藤田は立ち上がった。
「やったぁぁぁぁぁぁ!!」
歓喜した。
両手を上げ。
その場で跳ね。
意味もなく一回転し。
さらにズボンの裾を膝まで捲り上げた。
「見ろ!」
誰もいない。
「見ろ、この足を!」
当然、誰も見ていない。
「つるっつるだぞぉぉぉぉ!!」
藤田は踊った。
五十を過ぎた秘密結社の幹部が。
自宅の脱衣所で。
すねを露出しながら。
ただひたすらに踊り狂った。
長年の苦悩から解放された男の舞であった。
右。
左。
前。
後ろ。
時折、自分のすねを撫でる。
そのたびに笑う。
「ない! ないぞ! 生えてこない!」
これほど清々しい気持ちは、いつ以来だろう。
藤田は本気でそう思った。
だが。
数分後。
彼は、ふと我に返った。
「……」
静寂。
荒い息。
捲り上げられたズボン。
そして、妙に光沢のある両脚。
藤田はゆっくりと息を整えた。
それから、静かにズボンの裾を下ろす。
「……これは、ダメだな」
もし、この事実が知られたらどうなる。
毛根破壊玉が。
頭髪を失わせるための兵器ではなく。
永久脱毛にも使えると知られたら。
世間の見る目が変わる。
いや。
結社そのものの存在意義すら、変わってしまうかもしれない。
それはまずい。
非常にまずい。
少なくとも、今はまだ。
結社のためにも。
この事実は決して漏らしてはいけない。
藤田はそう決意を胸に刻んだ。
そして。
生涯、この日の成果を自慢しないことを誓う藤田であった。
残酷描写あり:すね毛(毛根)ジェノサイド




