表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

『部室に一つだけの椅子に座った先輩が、太ももを叩いて誘ってくる』

作者: 醍醐乙兎
掲載日:2026/06/08

 

 放課後になり、僕は今日も『文芸部』の扉を開いた。

 部室の中には長机とパイプ椅子が一つだけ。

 唯一のパイプ椅子には、セーラー服を着た三つ編みの女生徒――先輩が座っていた。


「お疲れ様です」


 鞄を触っていた先輩は僕に気づき、椅子をガタガタといわせながら立ち上がる。

 僕より頭一つ背が高い先輩。

 今日もこの狭い部室に、二人っきり。

 情けないくらい自分の鼓動がうるさい。


「……来るのが、早いですね」

「いつも通りですよ先輩」


 僕の気も知らない先輩は、立ったままスカートを払ったり、乱れたスカーフを整えたりと忙しない。

 落ち着きのないときの先輩は、いつもなにかを企んでいる。


「先輩……何を隠しているんです」

「なにも、隠してないですよ?」


 僕を頑なに見ようとしない先輩。

 先輩から視線を外し、部室内を見回す。

 普段は長机の周りに並んでいるパイプ椅子が、どこにも見当たらない。


「他のパイプ椅子はどうしたんです」

「……家出、したんじゃないですか?」


 先輩をよく見ると、息は上がり、薄っすらと汗をかいている。

 まるで急いで何かを運んだ後のようだ。


 目を細めて先輩を見る。

 その視線に耐えるように先輩は声を張り上げ、鞄から一冊の本を取り出した。


「この本を一緒に読みましょう!」

「いや……椅子が一つしかないんですけど」


 僕の疑問に答えるように、先輩はどっしりとパイプ椅子に座ると、本を持っていない手を振り上げ、スカートの上から自分の太ももを叩いた。

 肉付きのいい太ももから、想像以上に綺麗で、それでいて豪快な音が鳴る。


「私のここ、空いていますよ?」


 そう言って微笑む先輩から、異様な圧力を感じた。

「小柄なあなたを膝に乗せるくらい、私には訳もありませんけど」と言外に訴えてくるようだ。

 それはさながら、大魔神の風格。

 視線を彷徨わせていると、先輩が持っている本のタイトルが目に入った。


『年上から好かれる方法』


 この先輩の目的が僕にはわからない。

 とりあえず、心を無にして自分にできることをしようと思う。


「顧問に怒られるのでパイプ椅子の在り処を今すぐ吐いてください」




 先輩が隣の部室に運んだパイプ椅子を元に戻し、腰掛ける。

 座る場所は、うなだれている先輩から長机を挟んで正面の席。

 先輩の顔がよく見える位置だ。


「先輩はなにがしたかったんですか?」


 机に突っ伏したままの先輩が震える。


「……きみに」

「僕に?」


「……読み聞かせをしたいんです!」

「人をガキ扱いすんじゃねえ『太もも大魔神』が!!」


「大魔神!?」と顔を上げて抗議してくる先輩。

 僕はそんな先輩を無視して、長机の上に放置されていた『年上から好かれる方法』に手を伸ばす。


「それで僕にこの本を読ませて、どうしたいんです? いい音がなるくらいしっかりとした太ももを持つ、『太もも大魔神』先輩?」


 僕は質問しながら、涙目の先輩に向かって、見せつけるように自分の太ももを叩いてみせた。

 僕の太ももは大魔神先輩ほど綺麗な音は出ない。


 僕が何度も自分の太ももを叩き、先輩との音の違いを聞かせ続けた結果。

 先輩に「わ、私は、ふ、太もも大魔神、です」と認めさせることが出来た。

 あと、その流れで企みも白状させた。


「『好きな人を作って片思いがしたかった』?」

「そうです……」


 先輩は三つ編みを揺らしながら頷く。


「……もしかして先輩は、僕のことが好きなのですか?」


 僕は今、自惚れているのかも知れない。

 先輩とはいつもじゃれ合っていて仲が良い。

 今日も、僕を膝に乗せようとしてくれた。


 だから、先輩も僕と同じ気持ちなんじゃないかって、期待をしてしまう。



「いえ? 今のあなたに恋愛的興味は全くありませんが……?」



 一点の曇もない瞳を向けてくる先輩。

 顔から熱が抜けていくのがわかる。

 むしろ寒い。

 僕は頬杖をつき、足を投げ出した。


「異性と意識されない僕にもわかるように、説明してもらえますかね!」

「つまり……私はあなたを改造したいのです!」


 真面目な顔で先輩が物騒なことを言いだした。


「あなたのことを! 私が興味を持てるくらい魅力的な男性に作り変えて! 私は秘めた片思いを楽しみたいのです!!」

「今の僕を完全否定する罪悪感とかないんですか!?」


 先輩の表情が僅かに曇る。


「あなたのことは、愉快な後輩だと思って親しみは覚えていますが……」

「いや、もういいです。何も言わないでください」

「一切、全く、一欠片ほども」

「なにもしゃべるなぁぁ!」


「あなたから男性的魅力を感じません」

「……」


「あと、『太もも大魔神』とか言ってセクハラしてくる子供っぽさも、ありえません」

「…………ごめんなさい」


 好きな人に、見た目だけじゃなく中身もガキだと言われた。

 穴に埋まって土に還りたい。

 情けなくて泣けてくる。


「そんなあなたを作り変える、その第一歩がこの『年上から好かれる方法』なのです」

「先輩は……僕のこと、嫌いなんですか?」

「いきなり『大魔神』扱いを強要されたので、ダンゴムシの次くらいです」

「ごめんなさい!」

「反省したのなら、あなたはこれから『年上から好かれる方法』を読んで、好感を持てる男の子になってください」

「わかりました!!」


 先輩から『年上から好かれる方法』を受け取る。

 絶対この本の内容を身につけて、先輩に好きになってもらう!


「……いや、待ってください」

「どうしました?」

「なぜ、僕なんです?」

「なぜって……そんなの決まってるじゃないですか」


 先輩が、僕の両手を包むように掴んだ。

 柔らかく、温かい感触に、胸が弾む。


「私は男性を好きになった経験がありません」


 手から伝わってくる、先輩の震え。


「ですので、何度も失敗をしてしまうと思うんです。間違えたり、わからなかったり……相手を傷つけてしまったり」


 先輩と目が合う。

 先輩の震えが、止まった。


「だから――」


 先輩は力強く、僕に宣誓する。



「あなたを選んだ理由は! 私のことがとても大好きで! 私が多少無茶をしても! 私を嫌わないと! 確信を持てるからです!!」

「悪女じゃねえかぁぁ!!」



 結局その後、押し切られる形で僕は先輩の膝の上に座ることになった。

 そして、そのまま『年上から好かれる方法』の朗読を強要された。

 僕の身体に、先輩の柔らかさが、覚えさせられていく。


 ページを読み進めるたび、僕の頭を撫でる先輩が、ボソリと呟く。


「……早く私を惚れさせてくださいね」


 そのたびに僕は無心で声を張り上げ、『年上から好かれる方法』の朗読を続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ