アカシアの記5:始祖の誕生
時は古代アルヴァニア政権と呼ばれる時代。
魔術の始まりはその男の誕生からだった。
アルヴァニア時代の富豪ゲール家に仕えていた侍女がある日、妊娠をした。
腹の子の父親はゲール男爵かと思われたがそうではないと侍女は言った。
ゲールの子でないと分かったゲール家は侍女を屋敷から追い出した。
行く当てのない侍女は難民区域に身をおさめ、それからしばらくして出産をした。
身なりを整えることもなかったため、侍女は以前よりみすぼらしい姿になっていった。
だが息子はいつもきれいに整えていた。
侍女は息子を第一に考えていた。
そんな生活を三年ほど送っていたある日。
難民区域に一匹の大きな狼がやってきた。
傷だらけで血が滴り落ちていた狼は難民区域にやってきた時にはすでに倒れて死んでいた。
難民たちは興味津々でその狼を囲み見物していた。
するとそこに侍女の息子がやってきた。
息子は死んだ狼に近づいた。
「肉が腐りかけとる。おめぇ近づかんほうがええぞ。」
そう難民の一人が息子に言うが、息子は聞かず狼の体を撫でた。
すると息子の撫でている手から光があふれ出し、狼の体に光が吸い込まれていくようにみえた。
「な、なんじゃあこれはぁ!?」
難民たちがざわめきだす。
するとそこに侍女がやってきた。
侍女も驚いたように息子と狼を見つめる。
「!」
狼が目覚めた。生き返ったのだ。
その奇跡に難民たちは喜びと驚きを隠せなかった。
「選ばれし者じゃぁ!!」
「選ばれし者!」
難民たちは続々と息子の前にひれ伏し、彼のことを「選ばれし者」と呼ぶようになった。
侍女は息子を抱きかかえて自分の居住地へ帰っていった。
次の日から難民たちは選ばれし者のところへやってくるようになった。
選ばれし者は次々に奇跡を起こし、さまざまな病、傷を治していった。
それから数年後、ゲール家の一人アスカ・ゲールが選ばれし者の噂を聞いて難民区域にやってきた。
「ここに、選ばれし者がいると聞いた。どこにいる。」
アスカが聞くと一人の男が近づいてきた。
「俺は選ばれし者の代理だ。何か用か。」
「お前に用はない。本人に会わせろ。」
「要件くらい、聞いてもいいだろ。俺の名はヴァスター。」
「要件は選ばれし者の力を借りて、私の父親の病を治してほしいのだ。その為に来た。見返りは巨額な報酬を出そう。」
「名は?」
「アスカ・ゲール。父親はロクト・ゲール。」
「伝えてくる。」
ヴァスターは選ばれし者の所に行き要件を話した。
選ばれし者は8歳になっていた。
「ダメよ。」
二人の所に選ばれし者の母、侍女ことヴァニアがやってきた。
「ロクト・ゲール。彼はかつてゲール男爵と呼ばれていた奴よ。彼は私に乱暴をしたり侮辱をしたりしていたわ。そのうえ妊娠がわかったら私たちを屋敷から追い出したのよ。そんな男放っておけばいいのよ。」
「ヴァニア、もしかしたらこれがここから抜け出せる絶好の機会かもしれないと思わないかい?富豪からの依頼なら報酬もたっぷり貰えるはずだよ。ここから出て綺麗な服を着てもっと良い生活を送ろうよ。」
「ああ、ヴァスター、あなたのことは愛してるわ。でも私はもう奴に関わりたくないの。ごめんなさい。」
「そうか…わかったよ。この依頼は断っておくよ。」
「ありがとう。」
選ばれし者はただ黙って彼らの会話を聞いていた。
ヴァスターはアスカの元に戻った。
「いい返事が聞けそうだ。」
「悪いが、断る。」
「何だと?」
「噂は噂だ。当てにするなよ。」
「この、バカにしやがって!」
アスカが殴りかかってきた。
ヴァスターは軽々避けてアスカを蹴り飛ばした。
「二度と来るな。」
ヴァスターは背を向け歩いて行った。
「ふっ、汚い背中だな…」
そうアスカが言うが、ヴァスターは止まらず歩いた。
「まあいい、今夜まで待ってやる。うちの屋敷に来い。報酬は払ってやる。同額な」
アスカはそう言い去っていった。
ヴァスターは少し立ち止まり、考え込んでいた。
そこに選ばれし者が歩いてやってきた。
「お前、いつから…」
選ばれし者は黙ったままヴァスターの目を見つめていた。
ヴァスターも選ばれし者を見る。
「お前、聞いてたんだな。」
選ばれし者は黙ったままアスカが去っていった方向に指を差した。
「まさか…やるつもりか?ヴァニアは、お前の母親はダメだって。」
選ばれし者は微動だにしない。
「わかった。俺も手伝う。お腹の子のお前の弟のためにもこんな場所にずっといちゃいけないしな。」
ヴァスターと選ばれし者は居住地に帰り、今夜のために準備を整えた。
ヴァニアが眠ったのを見計らってヴァスターと選ばれし者は難民区域をあとにした。
ヴァスター達はアスカが向かった街の方へと歩いた。
街には大きな城がそびえ立っていた。
選ばれし者はそれを見て指を差した。
「いや、あれはゲールの屋敷じゃない。あれはアルヴァニアの城だ。王様の家だよ。」
ヴァスター達は夜の街をひたすら歩き続けた。
ゲールの屋敷はなかなか見つからなかった。
ヴァスターはあることを思いついた。
「なあ、お前の力で屋敷を見つけられないか?例えば、死にそうな人間を念力で探すとか」
そうヴァスターが言うと、選ばれし者は空に両手を広げ目を閉じた。
そして選ばれし者は目を開け、一つの方向に指を差した。
「見つけたか!…っていや、あれは」
選ばれし者はまたアルヴァニアの城に指を差していた。
「まさか、まさかな」
ヴァスター達はアルヴァニアの城へと向かった。
選ばれし者は道を知っていたかのように裏道をズンズンと進んでいった。
そして城の王様の部屋にあたる場所に着いた。
そこにはまるで死にかけているような老人が一人、ベッドの上に眠っていた。
「こ、この人なのか…?ゲール男爵?」
ヴァスターは不審に思ったが選ばれし者はすぐにその老人のそばに近づいた。
「!」
選ばれし者は老人に光を与えた。
するとそこに突如、妃であろう女がその部屋に入ってきてしまった。
「キャーー!衛兵!衛兵!」
「まずいぞ!」
ヴァスターと選ばれし者はすぐに城から抜け出して街の中を走った。
「あっ……ちくしょう!報酬貰うの忘れてた!」
ヴァスターは肝心なことを忘れていて自分に腹が立った。
走っている二人の目の前に何者かが姿を現した。
「ほう?」
二人は走るのを止めた。
(何だ…こいつ)
ヴァスターは睨む。
「睨むことないだろう。迎え入れるさ。よく来たな。」
「…アスカ?」
ヴァスターは驚くと同時に選ばれし者の方を見た。
(なんで城に行ったんだ…?)
ともかくゲールの屋敷に着くことができたため、二人は安心した。
屋敷の中にはゲールの一族が勢ぞろいしていた。
彼らの真ん中のベッドにはロクト・ゲールらしき男が横たわっているのが見えた。
「この少年か、選ばれし者というのは。」
ゲールの一人がこちらに近づいてきた。
「私はアイズ・ゲール。アスカの兄だ。この屋敷の当主でもある。」
「当主?まだ当主じゃないだろ。父さんがいる。」
「ふっ、じきにな。無駄話はもういい。父さんの病をその、ふっ、念力とかやらで治してみせろ。」
アイズはバカにしたような口調でヴァスター達に言った。
ヴァスターはすかさず言う。
「報酬は」
すぐにアスカが答える。
「治した後だ。」
選ばれし者はロクトの近くに行く。
アイズは見下すように彼らを見る。
(どうせ、無駄だ。ふっ、どうやって切り刻んでやろうか…)
アイズはできないことを前提に彼らに与える罰を考えていた。
するとすぐに選ばれし者はロクトに触れ光を放った。
「何!?」
アイズは思わず声を上げる。
光は徐々に大きくなり、ロクトの体を覆っていった。
ゲールの者たちはざわめきだした。
やがて光が消えるとロクトが口を動かした。
「あ、あり、がとう。」
長く喋ることができなかったロクトが喋ったのである。
「奇跡だ!」
「奇跡だ奇跡だ!」
ゲールの者たちは次々に感謝の言葉を口にした。
アイズだけは納得していないようだった。
アスカが彼らに近づき報酬を手渡した。
「これでは足りぬほどの感謝だ。選ばれし者よ。」
大きな袋いっぱいの金銀財宝であった。
「こ、これだけあれば!選ばれし者やったな!」
ヴァスターは大喜びで選ばれし者に抱きついた。
ヴァスターと選ばれし者は屋敷をあとにし、難民区域に戻った。
翌朝、ヴァスターは物音で目覚めた。
「ギャーーーーーー!!!!!」
(なんだ??)
聞きなれない悲鳴と共に嫌な予感がひしひしと伝わってきた。
ヴァスターが居住地の外に出ると、そこは荒れ果てた火の海であった。
難民区域が火に囲まれていたのだ。
「どういうことだ!!」
ヴァスターは近隣の生きてる人たちを探した。
(ヴァニアたちはどこだ!!)
ヴァスターは区域をひたすら走った。
そしてそこで思いがけない人々に遭遇する。
(ゲールの一族!!)
ゲールの一族がこの難民区域にやってきたのだ。
彼らは松明を片手に難民区域を燃やしていた。
そのゲールの一族の中にアイズが立っていた。
「これはこれは、人殺しの仲間じゃないか。」
「何!?」
「”呪われし者”はどこだ。」
「の、呪われし者??選ばれし者のことか!」
「ふっ、そうかもな。どこにいる!!」
「教えるか!!」
「そうか、教えないのなら、この女を殺してしまおう。」
そう言うとアイズは縄で縛り上げたヴァニアを突き出した。
「ヴァニア!!どうして」
「た、助けて…ヴァスター…お腹の子が…」
「そうか。お腹に子がいるのか…都合がいいな。」
そう言うとアイズは鞭を取り出しヴァニアを叩きだした。
「やめろ!!!」
ヴァスターは怒り叫ぶ。
「なら探してこい。早くしないとこいつが死ぬぞ。」
ヴァスターはすぐに走り出し、選ばれし者を探した。
(ちくしょう、なぜだ。なぜこんな。)
「どこにいる!!ヴァニアの子よ!!どこだぁ!!」
そう叫んでいると難民の死体の山の中から誰かが出てこようとするのが見えた。
「お前か!」
選ばれし者であった。
ヴァスターは死体の山から選ばれし者を引きずり出した。
「ヴァニアが危ない。早く来てくれ!」
二人はすぐにゲール達の元へ向かった。
「来たぞ!」
ヴァスターが叫ぶとゲール達がこちらに気づいた。
「遅かったな。」
「おい、一つ聞かせろ。なんでこんなことした。選ばれし者はロクトを治しただろ。こんなの恩を仇で返すようなことじゃないか。おかしいだろ。」
ヴァスターの言葉を聞いたアイズは不敵な笑みを浮かべる。
「いーや、選ばれし者くんは俺のオヤジを殺した。お前たちが帰った後、苦しみだしてなぁ。かわいそうに。この復讐は必ず果たそう。そう誓った次第だ。」
「馬鹿な!選ばれし者はちゃんと治したはずだ!」
選ばれし者もそう聞くとすぐに頷いた。
「とりあえずこれをやる。」
アイズはそう言うと何かをヴァスター達に投げた。
それはヴァニアの生首であった。
「あっ、ヴァニア!!!そんな…そんなの嘘だ。」
ヴァスターはヴァニアの頭を抱えて泣き崩れた。
「そんな…」
選ばれし者は放心状態でうつむきながら涙を流した。
「か、母さん…」
選ばれし者が初めて喋った。
その次の瞬間、巨大な雷がゲール一族に向かって降り注いだ。
「ガシャアアン!!!!!!!!」
雷鳴と共にゲール一族は一瞬にしてまる焦げになった。
ヴァスターはそんなことは気にもとめず、ただひたすらヴァニアの頭を抱えて泣いていた。
するとそこに馬に乗った兵士たちが次々と難民区域にやってきた。
彼らはアルヴァニアの王族であった。
「何か助けがいるだろう?」
そう言い兵士の中から出てきたのは昨夜、選ばれし者が城で光を放った老人であった。
今ではすっかり健康そうに見えた。
「あなたは…?」
選ばれし者が聞くと老人は答えた。
「私の名は、エルデンテ・アル・アルヴァニア。わが城へ招待しよう。」
雲の隙間から太陽が覗き、難民区域を照らした。