第9話 何故にいるわけ?
私を包み込むおふとん。
水鳥の羽をむしり取って作ったおふとん。白が。
その鳥の肉も美味しかったな。料理したのも白だけど。
そして美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。なんて幸せな時間。
「おい。いつまで寝ているんだ」
「あと十刻」
「日付が変わっているだろうが!」
私から引き剥がされるおふとん。私の愛しいおふとんが!
「私の幸せの時間。愛しいおふとんを返すのだ」
見下ろしてくる金色の目を、寝転んだまま睨みつける。
「起きて食うのか食わないのか」
「食べる」
くっ……食べるか食べないのかの選択を出されれば、食べるしかない。渋々起き上がって、おふとんを畳む。
ああ、朝がやってきてしまった。
借りている長屋の室内はシンプルだ。
料理場とかまどがある土間が入口にあり、その奥に私がいる一段上がった板間がある。仕切りなんていうものはない。
上を見れば天井の隙間から空が見えるし、窓なんて木戸がついているものの、風が出入りし放題だ。隣との境界である壁も板一枚で仕切られているので、音なんてダダ漏れ。
朝から隣の夫婦が喧嘩している声も丸聞こえなのだ。
因みに今回は奥さんが隠していたお金で、お酒を買った旦那さんがボコられている。
あ……扉が破壊された音と旦那さんのうめき声が外から聞こえる。
こんなところでも屋根があるところで住めるぶんマシというもの。
「さっさと食って行くぞ」
そう言って白が出してくれたのは……
「竹筒飯! これ美味しいから好き!」
竹の中に味付けをした米を入れて火にかけるだけのシンプルな料理なのだけど、私が作ると何故か竹が爆発して悲惨な状況になってしまった。
「あと、いつ戻れるかわからないから、仙嚢に入れておけ」
そして山積みにされた竹の筒。
あ……うん。持ち運びにも便利だよね。
白は今日中には戻れないと予想しているらしい。
くっ! 塩味が増して更に美味しくなっているよ。
「そうか、泣くほど美味いか」
やはりあと十刻ほど寝ていいと思う。
そして私は肩に白い猫を乗せて、重い足取りで武官の何とかという人の屋敷に来た。
もうすでに帰りたい。
何故なら、厳ついおっさんが門の前に立っているからだ。
昨日の今日でなんでいるの?
何刻前からいるわけ? まさか昨日からとか言わないよね。
「何故、いるの?」
厳ついおっさんを目の前にして尋ねる。
私の予想では、将軍クラスの地位にいると思う。そんなに暇な人物ではないはずだ。
「我は護衛に過ぎぬ」
なんだかイヤな予感がする。
この人が護衛する人って……
「黎明。おはよう」
その声におっさんの背後を見ると、見覚えのある金色の目と合った。合ってしまった。
「何故にいるわけ?」
おかしい。ここにいるべきではない人の幻覚が見えている。これは戻っておふとんに潜って寝た方がいい。
「黎明に会いたかったからだね。流石に仙桃はもらえないからお祖母様に献上した」
ニコニコとなんでもない感じでいう。
ちょっと待とうか。
私に会いたかった? 会いたかったからと言って、普通、こんなところにくる?
そこのおっさんの部下みたいな武人の格好をしてくるの?
「王離って言ったかなぁ。貴方の主っていう人は、こんなところにいていい人?」
「我は主の命に従うのみ」
「いや、諌めるのも側仕えの仕事じゃないの?」
私はおかしなことは言っていない。琅宋がいるべきところではない。
「そう私が王離に命じたからだね」
今は琅宋個人の意思でここにいるってこと?
でも、それにしてもだ。
「皇帝がくるところじゃないよね?」
そう母の妹の芙蓉様は皇后として当時の皇帝に嫁いだのだ。本当は母が皇帝に嫁ぐ予定だったらしいのだけど、嫌だったから仙人として仙界に入ったらしい。理由が不純だった。
そして私が昔、母に連れられて会った琅宋は、当時は皇帝の第一皇子という立場で後宮にいた。
多くの妃が後宮にいたにも関わらず、子供は琅宋しかいなかったのだ。
そこで芙蓉様が同じ年頃の子供と会わせたいと、母に願い出たらしい。そこで私は琅宋と何度か会うことになったのだけど……そもそも他の子供では駄目だったのだろうかと今更ながら思う。
そう! 私でなくても良かったはずだ。
「少しぐらい息抜きをしても罰は当たらない」
そう言いながら、王離の横から近づこうとする琅宋。私はすすっと横にずれる。
「黎明に渡したい物があるんだ」
近づいていてくる琅宋を避けつために、王離を中心にして移動する私。
「むむ! 何故に我が主を避ける」
そのように言う王離の背後まで回ってきてしまった。
それには理由がある。
「いや、だって昔。琅宋が良い物をあげると言って渡してきたのが、毛虫だったし……それもうねうねがいっぱい」
あれは子供ながらトラウマだ。箱の中に何が入っているのかと思えば、箱の中にみっちりと入った黒い身体に赤い斑点がある毛虫。
絶叫して箱を投げ捨てれば、箱の中身が散乱して、更に悲鳴を呼び込んだ恐怖の物体。
私はそれから琅宋と会わなくなった。