第8話 ハニートラップに引っかかったのは将軍だった
「だけど今日は帰るよ」
「天仙様でも手に負えぬと?」
「ふーん聞こえないんだ。まぁ、聞こえない方がいいよ。面倒だし」
私はそう言って門の方に向かう。
これは帰りに饅頭を食べないとやっていけない。
「何かわかったのか……わかったのですか!」
何故に言い直したの?
私は門を出る前に振り向きながら言った。
「この仕事は私が頼まれた仕事なのだから手をださないようにしてよね」
門をくぐった私は、大通りのほうに向って行ったのだった。そう饅頭を買いに。
「それで翡翠館の花梨っていう妓女の情報を教えてよ」
私は饅頭を食べながら聞く。
ここは貧民街のとある酒場だ。ここの店主は色々な情報を持っているので、知りたいことがあれば聞くといいと、ババァから紹介してもらった場所だ。
店のカウンター席に、七個入った饅頭の袋を抱えて座っている。
「嬢ちゃん。ここは酒場だって言っているのに、何故に饅頭を食いながらくるんだ?」
三個目を食べているにすぎない。別にいいじゃないのかな?
「じゃヤギのミルクで」
「だから酒場だって言っているだろう!」
そう言いながらも店主は、湯呑みと平皿に入ったヤギのミルクを出してくれる。
それを私と猫の白が飲むのだ。
「で、翡翠館の花梨という妓女か? お前もしかして、あの呪われた武官の屋敷に関わっているのか?」
「一年間の家賃と引き換えに受けたんだよ」
するとなんとも言えない表情をされた。なに? その顔は?
「はぁ。三年前ぐらいに功績を挙げた武官の政頼は、家族と共にあの屋敷に住み始めたんだ」
あれ? 聞いていない武官のことも教えてくれるらしい。
「そこから羽振りがよくなって、娼館通いが始まった。そこで、一人の妓女に入れ込んだんだ。それが翡翠館の花梨という妓女だ」
「それだとあの屋敷に住むまで娼館に行かなかったように聞こえるけど?」
「嬢ちゃんにはわからないだろうが、娼館通いにも金がかかる。下級武官にはそんな禄はないだろう」
ああ、功績を挙げたから禄物として屋敷を賜って、給金である禄も増えたということか。
そうなってくると、以前に住んでいた人が気になるよね。
「その武官が住む前の人はどうしたの?」
「ん? ああ……郢州に左遷された高官だ」
「ふーん。わかった。続けて」
「政頼は身請け話を出すほどの熱の入れようだったんだが、パタリと通わなくなった。それで変死事件だ」
「お金が無くなったわけではなく?」
「妓女と言っても高嶺の花の最高級妓女じゃなくて、普通の妓女だ。将軍クラスなら余裕だろう」
うわっ! ハニートラップに引っかかったのは将軍だった。
あれ? あの偉そうな王離っていう武官が、今日あの場所にいたのは知り合いだったからなんだろうか。
武官の地位はよくわからないけど、偉そうだったし。
「しかし全身から血を吹いて死ぬなんて嫌だよな。しかも、別の場所にいた花梨も死んだから余計に噂が広まったというのもある」
「それも血を吹いて?」
「いや、自殺だ」
うーん? 妓女の死を一連に結びつけるのもどうだろうか。
見方によれば、身請け話がでていったにも関わらず、それが無くなったための自死とも考えられる。
「うん。取り敢えず面倒だということはわかったから帰る」
私は情報量とミルクのお金をカウンターにおいて酒場を出た。
はぁ、もう暗くなってしまったし帰って寝よう。
「それでどうするんだ?」
何故か人の姿になった白が聞いてきた。
「人目があるんだから勝手に姿を変えないでよ」
「ここらへんの奴らは道士黎明の使い魔だってわかっているからいいだろう。あと買い物しないと、明日の飯がないぞ」
それは由々しき事態。ご飯は大事だ。
道士は仙人を目指す者のため、仙術を使ったり仙薬を作ったりしている。その中に妖魔を使い魔として操るものもいる。
どうも私はその一人に思われているらしい。
白は母につけられた護衛なのにね。いや主夫と言っていいかもしれない。
「今回は流石に黎明でも手に負えぬか? 駄目なら手伝ってやるぞ」
「手伝ってって言いたいけど、駄目だってわかっているよ」
ぐーたら生活をするためには必要はことだと、涙をのむ。
「取り敢えず、先に血を吹き出す病のほうかな。まだそっちの方が対処しやすい」
「そうだろうな」
はぁ、明日は一日中寝たい。
*
「我が主」
「王離か珍しいな。どうした」
何かが書かれているのだろう書類から視線を上げた青年は、珍しいと言わんばかりに金色の瞳を細めて、深々と礼をとる者をみる。
「実はご報告がございます」
報告があると言った者はまさに武人と言っていいほど体格がよく、人を近づかせないほどの威圧をまとっていた。
「前日、お会いした天仙の御方なのですが」
王離がそう言葉にした瞬間、青年はくつろいでいたと思われる長椅子から立ち上がり、王離の元に向かっていく。
「黎明がどうした?」
その行動に王離の方が驚き、体勢を崩しそうになるもののなんとか保ち、今日であった少女のことを報告したのだ。
「実は例の呪われた屋敷のことで……」