第68話 誰か知らないものの名前が出てきた
『落ちてくるものか? 不味いな』
ちがーう! 美味しい美味しくないの話じゃなくって、どういう姿とか、女性とか男性とかだよ。
いや、妖魔にとって人の区別など大差ないのかもしれない。
『しかし美味な者を用意すると言った割には、中々来ぬから忘れているのかと思うておった。アレもいい加減なところがあるからな』
これは、饕餮に食事として人を送り出している者がいるということ?
それも『アレ』と言っているものの、それは食事という人ではなく、同類のような親しさを感じた。
まだ、この首都に大物の妖魔がいるということ?
これ私では無理な案件ではないのだろうか。
『しかし美味そうなおなごを用意するとは、まった甲斐があったというもの』
うわぁ、私を食べる気まんまんじゃない?鋭い牙が生えた口からよだれが出ているのだけど。
嫌だよ。獣臭いし。
「おい、どうするんだ」
霍良が抜き身の退魔剣を饕餮に向けながら聞いてきた。
どうするもなにも、ここで事を起こすほど馬鹿じゃないよ。
「出よう」
逃げの一手だ。
白は封じられていると言っていた。
だから恐らくここからは動けないはずだ。
ただ、饕餮の力が強すぎてわからないけど、ここの霊廟と何かによって動けなくしているのだろうという予想しかできない。
「白」
「アレの名はなんと言ったか?」
え? まだ話を続けるの?
『さて、永楽という名が気に入っていると言っておったが、今は何と名乗っておるのかは知らぬ』
永楽? やっぱり人ということ? でも長い間放置されていたので、人ではない?
「そうか。だから俺はあいつは嫌いだ」
って白も知っているし! どういうことなの?
『アレはそういうものだ。アレも可哀想なやつであるからな』
……全然話が見えない。永楽って誰っていう感じだし、饕餮に贄を与えているんだよね?
何が可哀想なやつなの?
「まぁ、お前がまだ健在なのがわかったから帰る」
白は尻尾で私の後頭部をバシバシと叩いた。
もう、戻っていいのだろう。
無事に帰れるかどうかは不明だけど。
私は背中を見せないように徐々に下がっていく。
『待て! その美味そうなおなごは置いていくが良い』
「だから、封印されたお前がどんな感じか見に来ただけだと言っただろう。お前に食事を与えずに放置しているヤツを恨め」
扉のところまで戻ってきたので、さっさとその扉を閉じる。
『窮奇! 貴様!』
饕餮の叫び声を遮るように扉がしまった。そして、即座に踵を返して駆け出す。
なるべく早くここから出るためだ。
「黎明。これはヤバいぞ。饕餮がこんな地下に封じられているなんて、誰も知らないだろう」
私の後ろを走る霍良が言ってきた。
ヤバいで済む話なのだろうか。
高家は、これを知っていたということだよね?皇帝の姿をした饕餮を崇めていたというわけでもないだろうし……いや、アレがなにか気づいていなかった?
そんなことはないよね。
だって、贄を与えて……いたのは誰? 永楽というもの。
でも皇帝の姿をしていると、人が傅いて供物を持ってくると言っていた。
「恐らく、高家は知っていたはず、饕餮に供物を与えていたのは高家のはずだから」
「あ? 永楽っていう奴だろう?」
「それは上から落とすって言っていた者だよね?」
さっきの話は別々のことだと思われた。
この饕餮のテリトリーを通って供物を持ってくる者と、あの地下に向かって上から供物を落とす者がいたという話に思えてくる。
「でも、高家が供物を与えていた理由がわからないよね。こんな地下に道を掘って、建物に封じられたモノに、何かを望んでいたということなのかなぁ」
「鴻帝だ」
「え? 皇帝?」
「違う。鴻だ」
白が空間に文字を尻尾で書いて示した。
鴻帝。あれ?それ最近どこかで耳にしたような気がする。
「あー! あれだ! 許夫人が言っていたやつだろう?」
背後から霍良の叫び声が聞こえてきた。声が大きいよ。
しかし、心当たりがあるようだ。
許夫人が言っていたってどんな話だったかな。
「高家の祖だ。同じく皇帝がいると言っていただろう」
霍家が紫炎帝の血筋であるように、高家も皇帝の血筋だと言われた気がする。
たぶん言われた。
「で、いくらなんでも、死人が動いていたら気味が悪くて、地下の道を埋めないか?」
そうだよね。普通は怖いよね。
あれ、もしかして殭屍を使っているのは、饕餮が皇帝の姿をしていたから?
死人が動くという認識が別のことに置き換わっていた可能性がある。
あれは永遠に生きる皇帝だと。




