第66話 行ってみればわかる
「閉鎖空間に新たな風を呼び込み、勁風の如きに駆け抜けよ。その刃のような風にて隠を滅せよ。『四方の嵐』」
地下に向かって風を放った。
狭い入り口から入った風は荒れ狂うように地下を蹂躙していく。
風の音に混じって、悲鳴のようなものがいくくつかきこえてきたから、恐らく私が放っった風に巻き込まれていったのだろう。
「下りようか」
「はぁ、話には聞いていたが、こんなことに遭遇するとはな」
霍良は愚痴は言っているが、今起こっていることを否定しないだけ肝は座っているらしい。
廊下の明かりを手に取り、先に地下へ続く階段を下りていった。
地下は上の階と変わらない作りのようだ。
明かりに満たされれば、彩色された壁と色鮮やかな朱の柱が目に入っだことだろう。
ただ、今は霍良が持つ火の光しかないので、薄暗く行く先は闇に満たされていた。
「何かカビと獣の匂いが混じった匂いがする」
なんともいない不快な匂いだ。
地下だから匂いがこもっているというのもあるだろう。
これ、私が風を送っていなかったら、もっと酷い匂いだったに違いない。それなら私は吐いていたかも。
それぐらいの酷い匂いだ。
「なぁ、なんか凄く肌がざわつくんだが?」
「嫌な気配が濃くなったから霍良にもわかるようになったのかな?」
「なんだ? それ。聞いていないぞ?」
「え? 入りたくないって言ったじゃない」
「それは言った内に入らないぞ」
文句を言いながらでも進む霍良。
進むと更に地下への階段があった。
おかしい。これはおかしすぎる。
「黎明。下りるしかないのだが、下りるか?」
霍良が私に確認してきた。進むか戻るかをだ。
そう聞いてくるということは、霍良も何か思うことがあるのだろう。
これ以上進むと危険だということをだ。
「白。空間が広すぎる。私でも同じところを行き来していないのはわかる。ただ、まっすぐに進んでいると」
こんな広範囲で己の領域を維持できる妖魔がこの地下にいるということだ。
そう、猫鬼のような人に作られた呪物ではなく、妖魔。
「ん? まぁ、行ってみればわかるだろう?」
私が危険視しているのに、肩の上に乗る白猫はそのあたりを散歩しているかのように、普通だった。
これは何か知っているということか。
知っていて話していないと。
わかっている。白は私ではなく、母に仕えている。白の役目は私の護衛だ。
だから、私の仕事に関しては本来は口をだしてはいけないと言われている。
聞いちゃうけどね。
「事前情報が欲しいなぁ」
「行けばわかる」
「ケチ」
「はぁ、あの墓守の女が言っていただろう。ここが嫌で逃げたと」
え? そっちの話につながってくるわけ?
後宮内のことじゃなかったの?
「はぁ……『四方の嵐』」
事前に風を送って邪魔なものを始末しておく。
暗闇で襲われるとか嫌だからね。
更に下りていくと、靴がジャリッと地面を踏みしめた。
「土?」
霍良が持つ僅かな明かりで周りの状況を確認する。
「洞窟みたいだな。おい、肌が粟立ってきたんだが? ここにいったい何がいるって言うんだ?」
霍良は空いている手で腕を擦りだした。
恐らく悪寒が襲ってきているのだろう。
背筋が凍るような威圧。
「俺は本当に役に立たないぞ。妖魔なんて切ったことがないからな」
「そんな霍良に妖魔が切れる剣をあげよう」
私は仙嚢から入れ物より長い剣を取り出す。退魔剣という妖魔を斬るために作られた剣だ。
「量産品で刃こぼれしたやつ」
「研げよ! 研ぎ師に出せよ」
そんなお金があるなら、美味しいものを食べているね。
「馬小屋に住む者なんで、お金がないんだよね。因みにゴミだからあげると他の退魔師からもらったやつ。二回か三回は切れるだろうって」
私が量産品の武器を複数所持しているのはこういう理由だ。
新しい武器を買ったから新人にお古をあげようという先輩方の優しさ……ゴミ捨て場だ。
しかし、そんな武器の購入資金もない私は、平伏してもらうのだ。
イザとなれば、投げつけるぐらには役に立つだろうね。
「使えねぇ! 今度、俺が新しいやつ作ってやる!」
「ありがとう!」
「ここで言い合えるお前らの感覚が、おかしいとわからないんだろうな」
白の呆れた声が聞こえてきたところで、剣を渡す代わりに、明かりの火を受け取る。
しかし地面が土だと、この程度の明かりだと地面の凹凸まではわからない。
私は仙嚢から木の棒を取り出した。いや、油が染み込んだ布が先に巻かれた木の棒だ。
「用意がいいな」
「こういうことがあるから、備えはしている」
妖魔退治は予想外のことが起こることが多い。3日ぐらい帰れないとか普通にある。
明かりの火を松明に移す。
油が染み込んだ布のお陰ですぐに火がついた。
私は階段の一段目に先程まで持っていた明かりを置く。この先何が起こるかわからないから、帰りの目印だ。
「行こうか」
「思ったのだが、それをはじめから出せば良かったんじゃないのか?」
とても明るくなった周りを見て霍良が松明をさっさと出しておけと言ってきた。
だけど、数に限りがあるからね。
何日、この出られない空間に閉じ込められるのかわからない。この状態では、使い所を考えないと、後で困ることになるよ。
そして、半刻ほど歩いたところで、私たちの目の前に大きな扉が現れたのだった。




