第6話 退魔師協会のババアがヤバい仕事を出してきた
ああ、懐かしの我が家。二週間しか経っていないけど、相変わらず隙間風が入ってくる家だけど、雨漏りがする家だけど、三年間過ごしてきただけあって、帰ってきた感がある。
「おい、なにゴロゴロしているんだ。さっさと退魔師協会に行け」
板間で寝転がっていると上から私を覗き込むヤツがいた。
金眼と視線が合ってしまい、思わず舌打ちをする。
「ちっ! 帰ってきたばかりの私にそれを言うの?」
「舌打ちをするな。人の町で暮らすには金がいるんだよ金が」
「はぁ、白の方が人間くさい」
「はぁ? 黎明の飯を作るのは誰だ?」
「白」
「その材料を買ってくるのは誰だ?」
「白」
「だったら、金ぐらい稼げよ」
ぐうの音も出ないとは、こういうことを言うのだろう。
そして私は首根っこを白の手で引っ張り上げられてしまった。
そう白の手で。
人の町で暮らすために白は半分くらい人の姿になっている。
だから私の目には、白髪の青年に見えるのだ。
それも何故か私より質のいい袍を着ている。
生活能力が皆無の私には、退魔師として働くしかできないので、文句は言えない。
最初は頑張ろうとしていた。
野菜ごとまな板を切ったり、普通に煮込んでいるだけなのに異臭が放たれたり、炭火で魚を焼いていたら屋根が燃えだしたり、謎の現象が続いたので、白がブチ切れて家事の一切を賄うことになったのだ。
絶対に私は悪くないと思う。
「明日がいい。明日でいい。明日にしよう!」
「今すぐ行け!」
小脇に抱えられて家から連れ出される私。
外に出れば、照りつける太陽となんとも言えない異臭に眉を顰める。
ここは国の中心である首都の瑞曉……の外れ。貧民街と呼ばれるところだ。
まぁ、無法地帯と言っていい場所には、国中から流れ着いた者が多く住み着いている。
私としてはもう少しいいところに住処を構えたかったのだけど、借りられるところがここしかなかった。そして退魔師の仕事を斡旋する協会本部が、この場所にあるというのもあった。
しかし、おかしな奴らが集まってくる場所でもあるので、お陰で私も目立たずに済んでいるわけなのだけど。
「なんだい? やっぱり駄目だったのかい?」
キセルをふかし、片手で頬を付きながら言ってくる態度の悪いババァは、退魔師協会の受付ババァだ。
昔は美人だったと自称しているものの、今は白髪のババァだ。
「また、一年間家を貸して欲しい」
「前払いで払いな」
「ぐっ……」
そう、三年間住み続けている長屋の家は退魔師協会から借りている家だったのだ。
しかし前払いするお金はない。もう戻って来るつもりがなかったので、ぱぁーっと使ってしまって、ほぼ無一文。
「この仙桃で……」
私はおずおずと桃をババァに差し出す。
「この馬鹿者が!」
「あつっ! 灰が飛んできた!」
キセルから灰が飛び出してきて額に直撃した。
「馬鹿者にはお仕置きが必要なんだよ! 誰が仙桃なんて出してくるんだ! さっさとしまいな!」
怒られてしまったので、仕方がなく仙嚢に戻す。因みに白は私の背後で、背後霊のように立っている。
これは私が外に逃げ出さないようにしているのだ。
前にはババァ。背後に白。もう帰って寝たい。
「金がないのなら、そう言いな」
ババァはそう言って竹簡を後ろの棚から引っ張り出してきた。竹を細く切ってつなげたものだ。
紙があるというのに、昔ながらの竹簡にこだわりがあるらしい。
まぁ、削れば何度も使えるので、こういうところでは便利なのかもしれない。
「武官だった政頼という人物が住んでいた屋敷がここにある」
屋敷がある住所が竹簡に書かれている。しかし、何故『武官だった』と過去形なのかな?退役したってこと?
「この家に住んでいる者たちが変死するという事件が起きて、今は立ち入り禁止になっておる。ここの問題を解決すれば、一年間の家賃は無料でよい」
ババァは金歯を見せニタァと笑いながら言ってきた。
え? もう話を聞くだけでヤバいオーラをバシバシと感じるのだけど?
それも一家ではなく住んでいる者と言ったのがヤバ過ぎるよね。
一族への恨みではなくて、使用人も含めて死んだってことだよね。
「ババァ。家を燃やした方が良いんじゃない?」
「できるのならそれでもよいよ」
「ん?」
これは一度燃やそうとした? だけど、燃えなかった……
「ははははは……他の仕事はない?」
こんなヤバい話を受ける馬鹿はいないでしょう。一回で終わる仕事じゃなくてもいいいのだよ。
家賃を分割支払いにしてくれればいいのだよ。
「受けてくれるのなら、色をつけてやってもいい」
「わかった。一ヶ月分の生活費を前借りできるのなら受けよう」
「白!」
こんなヤバい仕事を受けようとしないでよ!
「一ヶ月分で良いのか?」
「ほぅ。三ヶ月分まで増額可能か?」
「可能だね。もう五人ぐらい帰って来ないからねぇ」
……いや〜! そんな仕事を受けたくない!