第56話 暇人の皇帝
「琅宋って暇人?こんなところにいていいわけ?」
「黎明に話があったのだ」
「質問の答えが違うけど?」
私はここにいていいのかと問いかけたにも関わらず、その答えではない言葉が返ってきた。
おそらく、ここに居ては駄目なのだろう。
「いや、その高美人という者を知っている女官がいたのだ」
「どこに?」
「後宮にいる」
後宮かぁ。許夫人の話を聞いていなければ飛びつくところだ。
だけど芙蓉様も許夫人も話さなかったということは、その人物が高美人のことを語っても信憑性がない。
「琅宋。今回のことは闇が深い。だから知ってても語らないと思う」
「皇帝の俺がいるんだぞ」
皇帝と言ってもねぇ。
下町にいても今の皇帝の噂話って聞いたことないんだよね。
人々は噂好きだから、ここ三年間の間でもいろんな話を聞いた。下町には降りてこない高官や将軍の話だね。
もちろん霍良の噂話も含まれている。
直接知らないにも関わらず人々は、面白おかしく噂話をする。
だけど、そこに現皇帝の話はなかった。
外に漏れ出さないように統率されていると言えば聞こえがいい。
だけど、皇子がいつ誕生するのだろうという期待だとか、新しい妃がまた後宮に入ったらしいだとか、直接的な噂話ではないのだ。
ということはだ。毒にも薬にもならない皇帝ということになってしまう。
そう、けなすほど目立って何かをしたわけでもなく、褒め称えるようなことをしたわけでもない。
だからなんだという話なのだけど。
琅宋自身が皇帝としてやる気がないのかなぁと思ってしまう。
そうじゃないと、こんな私に付き合って下町をウロウロするはずないからね。
だったら、他の者に皇帝の座を明け渡せばいいとなるのだけど、それを芙蓉様と霍将軍が許さないのだろうね。
「その皇帝がなぜ、下町をウロウロしているのかな?」
「だから、黎明を迎えに来たんだ」
私なんて、おっさんに連れてこいと命じればいいだけなのに、そこがおかしいと思わないのだろうか。
「霍良とずっと一緒だったんだろう?心配じゃないか」
「どうして、琅宋が心配するわけ? それにどこから霍良と一緒だったという情報が入ってきたのかなぁ?」
「霍将軍が昨日の朝にわざわざきて、教えてくれた」
……たぶん芙蓉様に連絡をとったついでだとおもうのだけど。私を許夫人に会わせる算段をつけたと。
「琅宋。霍良とは腐れ縁みたいなものだから、なにか起こるとすれば口喧嘩ぐらいだね。だから、私を馬車から降ろしてほしい」
「羨ましい」
「は?」
「俺は自由に黎明と会えなかったというのに、霍良と仲良くしているだなんて」
なにかおかしなことを言っている。
皇帝とただの庶民が普通に会えるのがおかしいのだ。
私は芙蓉様の姪だけど、皇帝とは普通は関わることがないからね。
「琅宋。皇帝になんて普通は会えないからね。あと、私は別件で依頼を受けているので、そろそろ降ろして欲しい」
「それは、女官に会わないということか?」
「そうだね」
「なぜだ。黎明は太皇太后の依頼を受けたのだろう? 優先するべきは、こちらのほうだ」
琅宋から強い口調で言われたけど、これが一筋縄では行かないから困っているのだよ。
「その芙蓉様が口をつぐんでいる件。たぶん、力がある人物から目をつけられるのを避けているようなんだよね」
「どういう意味だ?」
「芙蓉様もそれなりの権力を持っているし、弟の霍将軍の力も健在だよね。そんな芙蓉様が恐れている人物が誰なのかってところ」
琅宋の表情を横目で窺ってみるも、戸惑いの様相を顕にしていた。
これは琅宋も知らないということだ。
「ここ瑞曉では目があるんだって、だから遠くに逃げたと許夫人が言っていたんだよ。誰の目なんだろうね」
「だから、その女官の言葉は意味がないと」
「そう、その目の持ち主の手先ならいいように情報を与えられるだけだね。戻ってきた早々に動き出すより、別件で動いていたほうがいいと思うんだよ」
霍良に琅宋のまとわりついている呪をどうにかしろと言われたけど、これ解呪するのは大事だし、相手に絶対に気づかれると思う。
だから私はそのまま放置でいいと思っているのだけど。
「だったら……」
「なに?」
声が小さくて聞こえなかった。何を琅宋は言ったのだろう。
「俺とお茶をしよう」
「それ必要?」
「必要だ。絶対に必要!」
皇帝とお茶をするために、自ら迎えにくる皇帝って……明日から、朝廷内でおかした噂が立たなければいいのだけど。




