第4話 天仙ではないよ
「えーやっぱり助けた方がいいの?」
狼の群れぐらいなら、私が手を出すことではないだろう。だけど、馬上で鳥に襲撃され、背後からは狼に追いかけられている状況は、どこぞの兵士といえどもきついかもしれない。
でも関わると面倒そうなので、できたら避けたい。
「いや、普通この場合は『妖魔を打ち払ってやろう』と、正義感丸出しで堂々と言うだろう」
「面倒くさいが勝っている」
そもそも私に正義感があるのかという問題が出てくる。
「取り敢えず行くぞ!」
白は私に有無を言わせないよう強引に地上に向って行った。
これも善行だと思えばいいか。
地上に向かった白は宙を駆けながら、馬に乗った者たちと並走する。
そして、甲冑をまとった者たちに向って白が声をかけた。
「おい。困っているなら、助けてやろう」
すごく上から目線だった。
確かに、白は人に媚を売るモノではない。だって四凶に数えられる窮奇だし、私にというより母に仕えている感があるし。
「もしや、天仙様ですか?」
一人の兵士が尋ねてきた。
天仙。それは仙界で修行している仙人のことだ。逆に下界で修行している仙人は地仙という。
たぶん、私が仙界から降りてきた仙人に見えたのだろう。微妙に合っている。仙界から落とされたという意味ではだ。
残念ながら、私は天仙ではない。そう、とてもとても残念ながら。
「我は天仙に仕えるモノだ」
うん。母にね。その言葉には間違いはない。だけど、絶対に勘違いしているよね。
兵士たちの視線が私に向けられている。
天仙がこんな小汚い袍なんて着ているわけないじゃない。
今日の母の汉服だなんて、牡丹の精霊かと言わんばかりのキラキラひらひら感が出ていたもの。
それにこれでもかっという金糸の刺繍。
私だけ、一人みすぼらしさが浮きだっていたんだよ。別にいいけど、着るものにこだわりはないけど。
「天仙様。どうか我らをお助けください」
「任せるがよい」
あ……そこも白が答えるわけね。
仕方がない。やるしかないか。
でもどうするかなぁ。集団に襲われている集団に遭遇したことないんだよね。
よし!
「緑湧き立つ草原よ。魔のモノを払う炎光となれ」
すると馬が駆けている草原から炎が立ち上った。兵士共を乗せた馬は駆け抜けて行ったが、馬上で兵士にたかっていた鳥は羽ばたきながら地に落ちていき、狼は炎に怖気づいて二の足を踏む。
「白!」
「おぅ!」
草原自体が燃えている後方に向って行く白。
なんだろう? あの鳥と狼、何か普通じゃない。
鳥の方は見た目は鶏っぽいけど足が四本ある。それも獣の足らしくとても爪が鋭い。
おそらくあの爪で兵士を引っ掛けて落馬させていたのだろう。
そして狼の方は狼っぽいのに、つぶらなひとみ。足は短く、どちらかというと大きなネズミに思えなくもない。鋭いキバをもつ巨大ネズミ?
「やはり鬿雀と掲狙のようだな」
そうか、鬿雀が獲物を引っ掛けて、掲狙が落ちた獲物を食うっていう感じなのかな?
燃える草原に囲まれた鬿雀と掲狙。
私は白から降りて、燃える草原に踏み込んだ。
炎光の術。植物を炎光に変える術だ。
はっきり言って目眩ましと言っていい。炎に触れても全く熱さは感じない。
しかし、低級な妖魔には効果がある。
流石に白のような人語を話す妖魔には一発で見破られるだろうけど。
袍の袖口から種を一つ取り出した。少し大きい種だ。
それをまだ燃えていない地面に落とす。
「地の脈により湧く清き水」
ただの草原に種を落とした場所から波紋が広がっていく。
「広がりし緑の荷に映えし美しき荷花」
草原が水面のように揺らいでいく中、丸い蓮の葉が水面を満たしていき、ピンク色の花が浮かんでくる。
「邪のモノに慈悲を与えるべく菡萏に包まよ。さすれば、花は根に戻り、鳥は古巣に戻らん」
逃げ場のない鬿雀と掲狙は地面に咲き乱れた蓮の花に包まれて、蓮は妖魔を取り込んだまま蕾になる。そして蓮は水の地面が消えていくと同時に消えていった。
私は足元に落とした種を回収し、完了。
ふぅ。今日は働き過ぎぐらい働いた。
「白。帰ろう」
いい仕事をしたと言わんばかりに振り向けば、そこには馬上から私を見下ろしている甲冑がいた。
「大儀であった」
イラッとする。別に私は大義というものは掲げてはいない。
「我が主から褒美を受け取るがよい」
我が主? 誰か知らないけど、これ以上関わるのは勘弁してほしい。
早く帰って寝たいし。
私はチラチラと白の方を見る。断れオーラを出しながら。
するとわかったという感じで頷く白い虎。
獣の顔のクセにドヤ顔しているのがすごくわかってしまった。
「ふん! そこまで言うのであれば、褒美とやらを受取ってやろう」
……ちがーう! 断るの!