第36話 琅宋の母親の話を聞いたことがない
「それじゃ。私は許夫人という人のところに行くよ」
私はそのまま部屋を出ていこうと一歩踏み出す。
琅宋への説明は芙蓉様からして欲しかった。できれば、私はこのまま調べると出ていったまま、戻って来たくない。
「黎明。俺に言うことがあるのではないのか?」
「え? 芙蓉様の言葉を聞かないのなら、私が説明しても意味がないし」
寵妃か誰かは知らないけど、紫焔帝の血を悪としたい人の言葉を聞くのなら、私が話しても無駄だ。
私は扉を開けて部屋を出る。が、中に引き戻されてしまった。
それも背後から捕獲されてしまっている。
「白。後ろにいるヤツに爪でも立てておいてよ」
「黎明。芙蓉に頼まれたのだろう?」
ん? 足元から声が聞こえてきた。
下を見ると、いつの間にか白は私の肩から降りている。
「だって、寵妃か誰か知らないけど、その人を信じるのなら、私の言葉は悪だ」
「ちょーひ? ……」
「寵妃ですかぁ。陛下、変な勘違いされておりますぞ」
王離が勘違いと言っている。
だけど、芙蓉様が『あの小娘』ということは、気に入らない妃というものだと思う。
皇帝に意見を言える人は限られている。
それも女性となると、女官ではなく妃の地位にいる者。
そして、血族の姜昭儀様以外の者ということ。
……寵妃じゃない!
だったら、私の言葉は意味をなさない。
私は背後から捕獲している手を剥がそうとするも、がっしりと捕獲されているのか、離れない。
これは術で排除するか。
すると、体がふわりと浮き上がり、移動させられる。
「ちょっと、今から行くと言ったじゃない」
「もう、夕刻だ。ここで泊まっていくといい」
「いや、それなら家に帰るし」
夕刻なのはわかっている。昼から行動して、芙蓉様のお時間が空くまで待っていたのだ。
それは空が赤く染まってくるだろう。
あと、私には白がいるからどこでも寝られるのだ。だから飛んでいけば、翌朝につく。
そう、白の背中で爆睡できる。
それでも、ここで泊まれというなら、雨漏りする貸家に帰るよ。
「陛下。先に太皇太后様がおっしゃっていた方の説明をされたほうがよろしいのでは?」
何故か琅宋に抱えられたまま、椅子に座ることになる。ということは必然的に私は琅宋の膝の上に座ることになる。
なにこれ?
王離はこの状況に突っ込むこともせずに、芙蓉様が言った『あの小娘』の説明をするように琅宋に促した。
いや、先にこの状況に苦言を呈したほうがいいと思う。
「琅宋。この状況は何かな?」
背後に王離が立ち、琅宋に抱えられて座っている私。横向きにだ。
……意味がわからない。
「黎明が何処かに行かないようにだ」
「いや、紹介された人に会いに行くんだよ」
「お祖母様が言っていたことなんだが」
いや、私の話を聞いて解放しろ。そのまま話をしようとしないでよ。
それから、皇帝がいつまで私に付き合っているのかな? すでに二刻ぐらい経っていると思うけど。
「俺の母のことだ」
ん? そう言えば、琅宋の母親の話は聞いたことがない。
その昔、ここに来たときにいたのだろうか?
芙蓉様がいて母から紹介された記憶はある。
その芙蓉様から幼い琅宋を紹介された記憶はある。
だけど母親である妃を紹介された記憶がない。
まぁ、外から来た子供に、わざわざ皇后を紹介することもないか。
「だから寵妃とかではない。というか俺に寵妃はいない。いないからな!」
そんなに必死に否定しなくてもいいよ。一度言えばわかるから。
「それで、母親から芙蓉様の血について何と言われたの? っていうか、普通に座りたいのだけど?」
普通に座りたいと要望を言った。それなのに、何を勘違いしたの?
角度が変わり琅宋を背もたれにする格好に……ちがーう!
私は向かい側の席を指す。
「あっちに座るのが普通だよね!」
「誰もいないし、俺が許可するから問題ない」
「……おっさんがいるけど?」
「我は陛下の背で何も見えませぬ」
王離! こういうときこそ、こそこそしているようで大声ではっきりと言うべきじゃないの?
『陛下は仕事に戻って、あとは自分が聞いておきます』ぐらい言ってくれても良いと思う。
「母からば紫焔帝の話を聞かされた。人々を襲い、国を混沌に陥れた恐ろしい血だと」
琅宋は淡々と説明をした。
その血は途絶えることなく、父親の皇帝に流れ、琅宋に流れていると。
いつかはその血が目覚め、人々に牙をむき出すと。
それはまるで幼い子供に語るような口調だった。




