第31話 復讐だ
「ここだよ」
炎駒に案内されてきた場所は、二階建ての楼だった。外見上は特に問題なそうに見える。
「僕の案内はここまでね」
基本的に麒麟は穢を嫌うといわれているが、この魑魅魍魎が跋扈している城に住んでいるのだ。
それ、私は嘘だと思っている。
「ここまできて帰るって、馬鹿って暇だよね。中も案内してよ」
私は腕をガシリと掴んだ。
逃さないと言わんばかりに。
「はははは。冗談だキツイよ」
「は? 私に嫌がらせをしたことを忘れたとは言わせないよ。中も案内してよね」
反対側では、白が炎駒の腕を掴んでいた。これで炎駒は逃げられない。
「黎明。それは炎駒様に失礼だ」
背後から、馬鹿に気遣う琅宋の声が聞こえてきた。
結局この馬鹿って、なんの役にも立っていないじゃない?
ここでただ飯を食べて、ぐ~たら生活をしているなんて、羨ましすぎるじゃない。
「皇帝陛下は忙しいでしょうから、お戻りになったほうがよろしいのではないのでしょうか? 私は芙蓉様の依頼で、ここに参っているのですから」
私は、琅宋が邪魔だと遠回しにいう。おつきの人たちがいる中で、邪魔だから帰れと言えないからね。
以前は琅宋を守る王離がいたから、私が護衛をする必要はなかった。
だけど、ここにはどう見てもひょろひょろの宦官たちの姿しかない。あれに戦闘能力があるのかな?
いや、女性でも兵になる人はいるらしいので、決めつけるのはよくない。
ただ単に皇帝が側にいるとやりにくいのだ。何かあれば私の所為になるじゃない?
「いや、俺は……余は霍道士と共に永寿宮に入ろう」
琅宋の言葉に、おつきの人たちから引き止める声が上がる。
それはそうだ。赤子の声を聞けば死ぬと言われている場所に、皇帝陛下を行かすわけにはいかないだろう。
「へー。この中に入る気があるんだ。いいよ。いいよ。それなら、僕も入って見守ってあげよう」
「は? この馬鹿。どういうつもり? 私は皇帝のおもりまでできないよ」
見守るということは、自分は手を出さないと言っているのだ。それだと、必然的に私が琅宋のおもりをしなければならなくなる。
王離! 王離を連れてきてよ!
「窮地に立たないと力を発揮しないだろう? 下地は出来上がっているんだ。あとは機会があればいいだけだよね〜」
気楽に言ってくれる。その窮地で命を落とすこともある。
はっきり言って、前回の猫鬼は正面から戦っていたら、こちらの部が悪かった。
呪詛返しを行ったので、あの場を脱出できたのだ。そうでなければ、私たちは骸になって外に出ることが叶わなかっただろう。
そして、二階建ての綺麗な楼にはおかしなところは見られない。
あの屋敷と同じだ。外見に怪しいところはみられない。だけど、中に入るとヤバいという気配をビシビシと感じる。
今度は帰路である道を塞がれないようにしたい。
「この宮に入るのは皇帝陛下のみというのであれば、受け入れます。若しくは退魔武器を扱える王離将軍を護衛にされるかです」
「流石に、王離将軍をここに連れてくるのは叱られてしまうな」
この国で、一番偉いと言われている皇帝に、色々言ってくる者たちがいるのが、垣間見えてしまった。
紫焔帝の血が、短命であるが故に先代の皇帝の早すぎる死は、琅宋が皇帝として認められない部分を作っているのだろう。
そのやっかみを言ってくるのが、先々代の皇帝の血筋の者たちだということは予想できる。
それを芙蓉様と霍将軍が抑えているという……いやいや、私は関わらないと決めたのだ。
姜昭儀様が頑張ればいいこと。あとで、説得すればいい。トラウマ同盟だから話は合うはずだ。
「そうですか。それでは、そこの門に緊急脱出の札を貼らせてもらって、いいでしょうか? 今度は絶対に、はがさないように願います」
永寿宮の広い敷地を囲う高い壁には、人が行き来できる門がある。その門柱に札を張っていいかと聞きながら貼る。
否定は受け入れない。緊急脱出と言ったのだ。
これがなければ、逃げることができないと。
まぁ、普通は剥がせないのだけどね。
「危険になれば、そこから皇帝陛下は帰ってもらいますから」
「え? 僕は?」
「は? 馬鹿はその無駄な力をたまには世間様に使うべきでは?」
「たまにはなんて酷いね」
愚痴をいう炎駒の背を押して宮の入り口のほうに進む。
あの場に現れた炎駒が悪いのだ。わざわざ案内を勝手出た炎駒が悪いのだ。
この私のトラウマを悪化させた復讐をここでしなければいつする。今でしょう!
「黎明。ニヤニヤ笑っているのは怖いぞ。何を考えているか知らないが、ろくなことじゃないよな。いい加減、俗物の心を捨てろよ」
うるさいよ、白。私にムシギュウギュウ物を再び持たせた復讐はしなければならない。
ムシにまみれる恐怖を味わうといい。




