第30話 ぐうたら生活には夢がある
「ほら、黎明ちゃんが来るのって、百年ぶりぐらいだよね?」
「私は百年も生きていない馬鹿」
「ああ、ごめんごめん。長く生きていると時間の感覚って曖昧になるよね。一週間ぶりだね。黎明ちゃん」
「私の感覚で十年ぶりだ!」
私は札を馬鹿に向かって投げる。
少し黙れ。
口に札を張りつけ、無理やり黙らせた。
「ん! ――んん!」
「麒麟のクセに術にハマっているって笑えるな」
いや、それは白に拘束されていたからだよ。普通なら簡単に避けられている。
「ふん! 四凶に名があがる窮奇が、人間臭くなったものだよ」
私の札を簡単に外す炎駒。
やはり、麒麟には私の術なんて効きやしない。
「人の世界に紛れ込むのに適したと言え」
「いやいや、逆に言えば怖いね。隣人が四凶だなんて」
「何を言っている。有象無象が、はびこる世だ。それぐらい当たり前だろう」
白は人にとって、考えたくないことを口にしている。でも、それは事実。
だから退魔師という仕事があるのだ。
「ははははは、それはそうだね。そうだ、黎明ちゃん。呪に満ちた宮に行きたいのだろう? 僕が案内してあげるよ。人は欲深いからね」
「ひっ!」
炎駒が麗香さんを見て言う。
彼女は、芙蓉様の思惑で動いているので仕方がないところがある。
「そう、馬鹿が案内してくれるなら、煩わしいものが寄って来なくていいよね」
この国で一番偉いのは皇帝陛下と言われているけど、真実はこの炎駒だ。
炎駒が認めた皇帝が真の国の王となる。
だが、この炎駒はここ数代皇帝を選んでいない。
だから、琅宋は麒麟に認められた皇帝でないことが、呪が絡みついている原因なのだろう。
琅宋が、本当の意味で皇帝ではないということだ。
「それじゃ。案内をしてもらおうかな? 白。猫になって。行くよ」
長居は無用だ。
呪いの満ちた宮という……呪いの満ちた?
「あ〜。その宮の中って空間が歪んでいるとかない?」
この前みたいに何日も出られないとか困るからね。
「大丈夫。大丈夫。呪が中に充満しているだけだよ」
それだけでも、相当な問題だけど。
「おい、馬鹿麒麟。案内しろ」
白い猫の姿になった白が私の肩によじ登りながら、偉そうに言っている。
「はい。はい」
そう言って、炎駒は伸びをしながら部屋の外に出ていく。
「麒麟様!」
「麒麟様が!」
「これは僥倖。姜昭儀が回復されたということ」
炎駒が部屋を出ていった代わりに女官たちが流れ込んできた。
それに紛れて部屋を出ていく。
後で色々聞かれても面倒だからね。
流石、外縁と言えども霍将軍の孫という人が、後宮にいることに意味があるのだろうね。
そして、炎駒の行く先を止める者などいない。
こういう時は便利だよね。馬鹿だけど。
「それで馬鹿は何故、来たわけ? 別に姜昭儀様のために来たわけじゃないよね」
「うーん? やっと琅宋が力に目覚めたのかと思ってきたのだけど、原因が黎明だとわかって、落胆しているところかなぁ」
頭の後ろで両手を組んで、歩いている炎駒。その姿に威厳などどこにもありはしない。
そして私はちらりと後ろに視線を向けるのだ。
何故か名前が上がった琅宋がついてきている。それも仰々しく護衛と思える者たちを連れてだ。
ああ、炎駒として琅宋が皇帝と認められない部分がそこになるのか。
紫焔帝の力を感じて喜んで来てみたら、私が強引に姜昭儀様の力を引き出していたから、糠喜びしてしまったと私に文句を言っているんだね。
「ふーん。じゃ、私が強引に引き出そうか?」
「それじゃ意味がない。自分自身でその境地に立たないと、力の制御ができないだろう? そこに失敗したら紫焔と同じだ。いや、あれは暴走だったね」
いったい、この炎駒はどれほど生きているのかわからない。この言い回しは紫焔帝と直接会ったことがあるのだろう。
「それに比べて黎明は制御できている。女帝になるつもりはない?」
「は? 私は仙人になって、ぐうたら生活する人生計画なんだからね」
女帝なんて、忙殺されるぐらい忙しいに決まっているじゃない。そんなこと嘘でも口に出さないで欲しい。
後ろがざわついているじゃない。
「夢がないねぇ。まぁ、そんな黎明だから仙人になれないのだけどね」
「おう、それは俺も同意見だ」
猫と馬鹿が。何故かそこで意気投合していた。
なによ? ぐうたら生活するって夢があるじゃない!




