第3話 下界に落とされた
あー思いっきり落ちている。
現在進行系で青い空から地面に向って落ちている。
あの泉って、どこに繋がるかわからないんだよね。落ちていく風景だけでは、ここがどこかさっぱりわからない。
草原地帯。緑色の小高い丘と緑色の地面が広がっている風景が永遠と続いている。
どうやって帰ればいいのだろう?ここから家まで帰るのも修行の内だと、あの母なら言いそうだ。
「黎明」
名を呼ばれると落下速度が急激に止まった。首が締まるほど息苦しいけど。
「ハグ……ぐびがじまっでる」
首の後ろを咥えられたらしい。自分の体重で服によって首が締まっていく。
死ぬ。これは死ぬ。
すると身体が揺らされ、空中に放り投げられたかと思うと、ドスッと白の背中に着地をした。
「白。首は駄目だよ。死ぬよ」
「文句があるなら空くらい飛べばいい」
自由に飛ぶことはできないけど、浮くぐらいはできる。でも面倒だからしないけど。
「白がいるのに私が飛ぶ必要ないじゃない」
「黎明ってそういう奴だよな」
「どういう意味よ」
「俺がいないと駄目だっていうことだ」
何よ。頼ってもらって嬉しいて言えばいいじゃない。
「そうだね。頼りにしているよ。白」
「黎明は俺がいないと野垂れ死ぬだろうからな」
そう言いながら喉をゴロゴロと鳴らす白い虎。私はツンデレなところが猫だと思っているよ。
「それで、ここってどのあたりかわかる?」
「ああ? だいぶん西の方だな。西夷と呼ばれる者たちがいるところだろう」
いや、私は地名が知りたいのだけど……もしかして地名がないほどの西側ってこと?
「ほら、あそこに羊の群れがいる。妖魔に襲われないように魔犬がその周りをウロウロしているだろう?」
言われれば、白い点点が草原の中にいる。その周りには茶色い点や黒い点がいる。
「たぶん西夷と呼ばれる者たちが飼っている羊だろう」
「ふーん。それで家はどっち?」
「おい。ここまで教えてやったんだから、西か東ぐらいわかるだろう」
「はぁ……」
私は袍の懐から一枚の紙を出し、筆を取り出して、鳥を描く。
ささっと描いた適当な鳥だ。
それに息を吹きかけ命じる。
「道標の鳥よ。我の帰り道を示せ」
すると紙から抜け出した鳥は大きく空へと羽ばたき、ある方向に飛んでいく。
「あっち」
その鳥が飛んている方向を指し示した。
「毎回思うが、なんでそんな適当な感じで剪紙成兵術が完成するのかさっぱりわからない」
確かに剪紙成兵術には色々面倒な手順がある。そんなものいざっていうときに使えるかっと……もとい面倒なので端折ったら上手く行っただけだった。
しかし術の精度は、手抜き仕様で四半刻ぐらいしか保たない。
まぁ、私が退魔師として優秀だということだ。
母には認められないけれど。
「というか、こんなことでいちいち術を使うなよ。太陽の方向を見ればなんとなくわかるだろうが!」
「太陽を見ると目が潰れるからみないよ」
「何歳児の言い訳だ。考えるのが面倒なだけだろう」
「よくわかっているじゃない」
惰眠を貪りたい。そのために仙界に行く。そのためには、また一年間頑張らないといけない。
「なんでこんなに仙才があるのに、こうも面倒くさがりなんだろうな」
仙才。いわゆる先天的に持っているものだ。それは『仙骨』、仙人となりうる骨相があること。
「仙才はあるのに、善を積む過程でつまずくやつってどうなんだ?」
「ははははは、千二百善って一日一善でも三年以上かかるじゃない……なんて無駄な時間」
善。仙人の中でも天仙になる条件として千二百善を積む必要がある。途中で悪行を働けば、また一からやり直しなのだ。
その善を積むために私は退魔師をしているのだけど。
「そんなことを言うのは黎明ぐらいだ」
いや、そもそも仙才があれば、善を積む必要はないのだ。
ないのだ。もう一度いう。必要ないのだ!
しかし一般の道士と同じように善を積むことが仙界の門が開く条件の一つになってしまっている。理不尽すぎる。
「おい。あれ何かに追われているんじゃないのか?」
白に言われて草原に視線を向ければ、屈強そうな兵士っぽい人たちが、数十頭の獣に追いかけられている。
「狼?」
上からみると狼っぽい。
赤茶色の毛並みの四つ足で走る獣。
その前方を駆ける馬に乗った兵士たち。
「なんか兵士っぽいし、自分たちでどうにかするんじゃない?」
はっきり言って、武器を持っていて、服装が良さそうな人に近づくと大抵が面倒なことになる。
仕事っていうのであれば我慢するけど、自分から寄っていこうとは思わないね。
だいたい偉そうだし、自分たちの言うことを聞いて当たり前みたいな顔をしているし、口答えすると手が出てくるし、関わらない方が一番いい。
あ、一番後方にいた人が落馬して狼に襲われた。
「おい。あれって鬿雀と掲狙じゃねぇのか?」
ん? 二種類もいる?
そう思っていると、また一人落馬した。
あっ! なんか鳥が兵士たちの周りにたかっている。