第29話 馬鹿(うましか)は嫌いだ
あ、これだと体裁が整わないので、顔を伏して礼の姿をとる。
「なにか不明な点でもございましたでしょうか?皇帝陛下」
すると、私の腕が掴まれ引っ張られてしまう。
そして何故か琅宋の隣に座らされてしまった。
これはどういうこと!
「黎明。先程のはどういう術なんだ?」
私の耳元でコソコソと琅宋が聞いてきた。
ああ、私の術が怪しすぎるっていうことだね。
これは知られないほうがいいので、私も琅宋の耳元に口を寄せて説明をした。
「霍将軍の孫ということは、紫焔帝の血筋ということだよね。だから、紫焔帝の血の力で強引に呪を焼き切ったという感じ」
「血の力で焼き切る?」
まぁ、わからないよね。そういう説明は、芙蓉様からしてもらったほうがいいのだけど。
「一族が短命なのは、紫焔帝の力は強すぎて体が保たないからなんだよ。その力を一時的に解放して呪を強引に排除したってこと」
「それだと、姜昭儀は更に短命とならないのか?」
……え?治すことを求めたのだよね?それも手順をふまずに、一つしかない答えを求めたのだよね?
「私は何故姜昭儀様が、何故このようになったのか、理解できていない……」
私は、赤子の泣き声を聞いたとう宮に連れて行って欲しいと言ったのに、それを拒否してきたのはどっち?
なのに治すことを求められた。体温が下がり心拍も弱くなっている人を治せと言われたのだ。何のリスクもなく治せると思うほうがおかしい。
これは当然のことだ。
だけど、ここでそれを口にすれば、悪いのは私になる。
「のです」
そう、私は霍将軍の血筋でもなく芙蓉様の血筋でもない。ただの道士の小娘に過ぎない。
「調べる時間が与えられないのでしたら、一週間後に死ぬか、数年後に死ぬかを選ぶしかありません。一週間後の死をお望みでしたでしょうか?」
「え?何故に他人行儀に突然なったのだ?」
「赤の他人ですよ?おかしなことを仰るのですね?」
私はすっと立ち上がって、スススっと琅宋から距離をとる。やはり面倒な者に関わるとろくなことはない。
さっさと芙蓉様の依頼を完遂して、ここを出ていこう。
「麗香様。姜昭儀様は数時間後には目を覚まされるでしょう。私のような者が側にいるよりも太医がお側にいるほうがいいでしょう」
「あ……あ……」
麗香さんは私から距離を取るように、床を蹴って後ろに下がっていっている。
私ってそんなに怖い顔をしていたのかな?
「あーあ。黎明が怖がらせるからだ」
白。私は怖がらせていないよ。
だけど案内人兼付き人の麗香さんがいないと、問題の宮がどこなのか私にはわからないよ。
「そうだ。そうだ。怖いなぁ」
この部屋にいないはずの男性の声に、思わず背後に向かって札を放つ。
「影留め!」
しかし、声がした背後には誰もいなかった。ただ離れたところに壁があるのみ。
「残念でした〜」
「白!」
だけどまた、すぐ背後から聞こえる声に白の名を呼ぶ。
「俺、こいつ嫌いなんだよ」
肩から重みがなくなった。直後に白の嫌そうな声が聞こえて、背後の気配が遠ざかる。
振り向けば、赤髪の男性が人の姿になった白に首根っこを掴まれていた。そして、引きずられ、遠ざかっていく。
「私に近づくな馬鹿」
「僕には名があると言ったはずだよ〜。一度教えてあげたよね〜。もしかして忘れちゃった?」
「私のトラウマを悪化させた元凶が!」
白が言ったように、私の目の前の赤髪のモノが嫌いだ。
名前なんて馬鹿でいい。
そうこの馬鹿は琅宋からもらった、虫ギュウギュウの箱を投げ捨てた私に対して、『忘れ物だよ』とご丁寧に虫を再度詰め直したものを渡してきたのだ。
それはもう、目の前にいた赤髪の馬鹿に向かって、箱を投げつけるよね。
「炎駒様。如何なさいましたか?」
皇帝である琅宋が床に膝をついて礼の姿をとっている。そして麗香さんは、五体投地の勢いで、床に伏していた。
そう皇帝である琅宋が頭を下げるなど普通はあってはならない。
「別に僕がどこにいようと構わないだろう?」
「しかし汚れを嫌う麒麟である貴方様がいるようは場所ではありません」
麒麟。人の姿をしているが、本来の姿は馬と鹿を合わせたような姿の麒麟なのだ。
だから私は馬鹿でいいと言っている。
琅宋は『炎駒』と、呼んだのはただ赤い麒麟という意味の名なので、本来の名前ではなかったりする。
それで、いったい何をしに現れたっていうのかなぁ。この馬鹿は。
遅くなってすみません。




