第21話 確信犯
「ぱぱ〜。黎明すっごくがんばったから、仙桃をいっぱい食べた〜い!」
私は父が住まう南山に来ていた。目的は今回使ってしまった霊山の霊水を汲んでおくためだ。
決して、仙桃だけが目的ではない。
「猫鬼か。蠱毒の一種だね。呪物があった場所は確認したのかな」
「してないな。その前にここまで逃げてきたからな」
「黎明と窮奇が、いて逃げる状況だったということなのかな?」
泉の側の四阿の円卓の上には仙桃が籠に山盛りある。
父が仙桃の皮を剥いて、一口大に切ってくれたものを出してくれた。それを食べながら、白の言葉に頷く。
逃げたのは猫鬼からじゃないよ。
「黎明のトラウマの根元からだろう?」
「トラウマ?ああ、確か玉瑛の妹君の孫だったかな?ちょっと見てみようか」
父が泉の法に手を掲げると、泉から円状の水の板が浮き上がってきた。水鏡と言っていい。
そして手を振ると、水面が揺れ、空中に浮いた水面に何かが映り込む。
「うわぁ。凄い数の兵だな。家主が可哀想」
白が言うように、とある屋敷の周りに兵が蟻のように囲んでいる。そして、その屋敷は集中豪雨にでも遭ったかのように、そこだけ水が溢れていた。
「誰の家だろうね?」
たぶん、そこが呪物があるところであり、呪詛を行っていた人物がいる屋敷だ。
「長らく放置された屋敷だろうね」
父がそのようなことを言った。
え?空き家ってこと?
「屋敷の一部が崩れて。そこに草が生えているから、数十年単位で放置されていたのだろうね」
それだと、家主がいないことを見越して、その場所で呪詛を行っていたということ?
「よく見ると、庭になにかの死骸が無数にあるから、場所は合っているようだね」
父の言葉に背筋が凍る。
もしかして、この屋敷の敷地全体が蠱毒を作り出した呪物。
「人は恐ろしいモノを作り出そうとするね。これは、まだ終わっていないよ」
「はあら、へつほしゅしゅしゃにおへないすふほうひひっは」
「そう。別の術者と言っても、これほどのモノを祓えるのは、片手で数えるぐらいだろうね」
「天行様。よく黎明の言葉がわかるな」
父だからね。わかってくれるんだよ。仙桃を食べながら話してもね。
「ははひは、ひあはお」
「黎明が嫌だと言っても、退魔師として仕事を与えられれば、それはすべきことになるよ」
うっ。確かにお金がない今。働かないと食べていけない。
三ヶ月分の前借りをしたと言っても、贅沢はできない。
別のことで日銭を稼いでも雀の涙ほどしかない。
「それから、玉瑛の妹君の孫に仙桃を与えたのだよね?」
「ほうはお」
「こっちも見ておこうか」
父が更に手を振ると、私にはお目にかかったことがない豪華な部屋が映し出された。
その中央で凄い勢いで筆を進めている人物がいる。
重そうな衣装を身にまとった人物だ。
あれは皇帝にしか使用してはいけない黄色の包衣なのだろう。
そう水鏡に映っているのは琅宋だった。
ただ、少し何かがおかしい。
あれほど私が気を整えたのに、気が乱れており、外に漏れ出している。
「ほら、黎明が中途半端にするから、紫焔帝の血がざわめいているよ」
「私はきちんと気の乱れを整えたよ」
「乱れがなくなるまで?」
それを言われると、私はぐうの音も出ない。
「してない」
「中途半端は駄目だよ。黎明」
「はい」
紫焔帝の一族の血は特殊だ。
短命なのは、元々持っている力が強すぎて、身体が蝕まれるからだ。
仙界で育った特別な桃は、個人が持つ能力値を上昇させる。それは身体の作りにも言えた。
個人が持つ能力に対応できるように、身体も変化するのだ。
琅宋が仙桃を食べたあとに、体調が悪くなったのは、身体が紫焔帝の血を受け入れられるように変化していたのだ。
「仕方がない子だね」
そう言って父は再び手を振る。すると、乱れていた琅宋の気がすっと整えられたのだ。
凄い。都からここまで距離があるのに、離れた位置にいる琅宋に父は干渉した。
すると水鏡に映る琅宋が視線を上げ、一瞬視線が合ってしまったかのような錯覚に陥る。
あちらからは、私たちの姿は見えないはずだ。
そして水鏡は泉に落ちるように消えてしまった。
「あの子。いろんな呪が絡み合っているね」
「皇帝なら、普通なんじゃない?」
最初に会ったときに思った。人の恨みつらみは怖いねって。
「先程の屋敷の呪の痕跡も……」
「あーあーあーよく聞こえない」
「確信犯。あとであの武官にバレたら、怒られるぞ」
「もう、会わないから大丈夫」
そう、あの猫鬼は皇帝に関わるものだと思う。
武官の政頼は、先代の皇帝を守った人物だ。その人物を呪詛する理由。
突然昇進した政頼への妬みかと思ったけど、皇帝が絡んでくるとなると、アレほどの外法を使う理由も納得できる。
皇位継承絡みだと、私は関わりたくない。




