第1話 門前払い
「不合格です。来年来てくださいね」
門前で不合格を突きつけられた。まだ、一言も話していないというのに!
「はい。次の方〜」
私は肩を落とし、どこまで続くのか目で確認できないほどの階段を降りだす。
今日は年に一度、仙界への扉が開かれる日。
仙人の修行に入りたい者は、いくつかある仙界の入口の門を叩くと、仙界に招かれ、仙人の修行に入ることができる。
だけど、大半の者が追い返され、地上に戻ることになる。そう、私のようにだ。
「はぁ、今年こそ行けると思ったのに!」
雲の上まで昇ってきたのに! それなのにまたその距離を降りるんだよ!
ここに来るまで一週間もかかったし! 旅費もただじゃないし!
「仙人になれば、寝放題なのに!」
「そういうところが駄目なんだ。いい加減にわかれよ」
そんな私に声をかけてくる存在がいる。斜め後ろを見ると宙に浮いた白い猫。それも背中に鳥のような翼が生えているのだ。
「白。私は存分に昼寝をしたいの!」
「そんなんだから駄目だってわかれよ」
口が悪い猫は私の見張りだ。
「玉瑛様に黎明のことを頼まれている俺の身にもなってくれよ」
「お母様は絶対に私を困らせて楽しんでいるのよ!」
そう母から私の面倒を見るように言われて、小言を言ってくる猫。
はぁ、小言を言わない猫の方が可愛くていいと思う。
そう思いながら、終わりが見えない階段を降りていく。登るのも大変だったけど、降りるのも大変。
途中で饅頭屋でもあればいいのに。
ん? 急いで駆け登ってくるつわ者がいる。この地獄のような階段を駆け登るんて根性だね。いや、仙人になるために鍛えたのか?
でもそもそも仙人って神力を使うから体力はそこまで必要ないんだよね。
凄く必死の形相で駆け登る男性に、頑張れっと心の中で応援しておく。たぶん、落胆して戻ることになるよ。今の私のように。
「猙だ! 猙だ!」
後方の方から『そうだ。そうだ』と言うの声が聞こえて来たけど。ケンカでもしているのかな?
ここに来て喧嘩はいけないぞ。
「黎明! 猙だ!」
「は? 白。なにが『そうだ』なわけ?」
必死の形相で駆け登ってきた男性とすれ違ったとき、その姿がかき消えた。そして背後から沸き上がる悲鳴。
私は男性がいた場所を横目で見る。
そこには一頭の獣がいた。
額から突き出た鋭い角は赤く染まり、前脚で押さえているモノを食らっている。背後にあるムチのような五本の尻尾が揺れていることから、周りを警戒しながら、捕らえた獲物を食らっているのだろう。
猙。それは豹の姿に似た妖魔だ。
私は背を向けないように逆向きになって階段を降りていく。はっきり言ってこの場には隠れるような場所はない。
ただ仙界に続く階段の山道があるのみ。
次に狙われるのは私だろう。
袍の袖口から種を一つ取り出す。
そして息を吹きかけ、指で弾いて飛ばした。
「芽吹し蔦蔓よ。伸暢し、かのモノを捕縛せよ。緑縛!」
種から緑のツルが伸びていき猙に絡みついていく。
襲われた人には申し訳ないけど、お陰で簡単に捕縛できた。
絡みついたツタから逃れるように階段の上でのたうち回り、吠える猙。
その背後から近づき、腰に差している剣を抜き、石の地面を蹴って首元に突き刺す。
力なく倒れていく猙。
沸き起こる歓声。
剣についた血を払い鞘に収めつつ、ため息を吐き出した。
「流石慣れたもんだな」
「馬鹿にしているの? 白」
私は背後で飛んでいる口の悪い白い猫を睨みつける。
「いいや。退魔師として優秀だと褒めているんだよ。ソイツはまだ息がある。仙女たちが助けてくれるだろう」
猙に食べられていた男性を見ると、首に噛みつかれ、腕が一本失っているものの、生きてはいるようだ。
まぁ、仙人を目指そうとしている者が、これぐらいでやられるものどうかと思うけど。
「退魔師として優秀でも仙界の門は開かないのよ!」
私は踵を返して再び階段を降りだす。
退魔師。それは先程のような妖魔や、病魔を退治する者のことを指す。
仙人になる修行の一つでもある。
いわゆる善を積めってことだ。
「はぁ……お腹すいた。甘いものが食べたい。降りるのに三日ぐらいかかる階段なんて嫌だ」
「だから、そういうのが駄目なんだって」
口が悪い白い猫の首ねっこを掴む。
「おい!」
「お父様のところに行きたい。愚痴を聞いてもらいたい。お母様が意地悪だって」
「黎明。お前いくつだよ。いい加減に成長しろよ」
「はぁ? 十八歳だけど? 早く私を乗せて連れて行って。一年間頑張った私にはご褒美が必要だと思わない?」
「ものは言いようだな……はぁ、わかった」
ため息を吐きながら白は姿を変えてくれた。なんだかんだと言って、白は私に甘い。
「乗れ」
そう言う白い虎の背に私はまたがる。
そして背後からは再び悲鳴が沸き起こった。
翼の生えた白虎。
一般的には人を食らう四凶に名を連ねる妖魔。別の名は『窮奇』である。




