第3部:迫る戦火と揺れる心
第10章:忍び寄る内憂の影
フィデリアとの通商会議での予想外の勝利は、アルクス王宮に大きな衝撃と、そして確かな変化をもたらした。「お飾り王子」と侮られていた俺、レオン・フォン・アルクスは、一夜にして「やる時はやる王子」「イザベラ嬢と共に大国の陰謀を打ち砕いた知将」といった、かなり持ち上げられた評判を得ることになったのだ。王宮内で俺に向けられる視線は明らかに変わり、貢献度がプラスに転じる者も増え、俺の指示に素直に従う役人も増えてきた。少しずつだが、王太子としての影響力が増しているのを実感する。
もちろん、この変化を最も苦々しく思っているのは、アルベルト叔父とその派閥だ。彼らの俺に対する貢献度(敵意度)は軒並み悪化の一途をたどり、【-95】に達する者も現れ始めた。彼らがこのまま黙っているはずがない。フィデリアとの交渉で俺が予想以上の成果を上げたことで、叔父は俺をより危険視し、排除の動きを加速させるだろう。水面下で、次なる策謀を巡らせているのは明らかだった。その不気味な気配が、王宮の空気に影を落としていた。
だが、そんな政治的な変化以上に、俺にとって大きな変化があった。それは、イザベラとの関係だ。
外交交渉という極限状況を共に乗り越え、互いの命を守り合ったことで、俺たちの絆はより深く、そして確かなものへと変わっていた。貢献度は【+100】でカンストしたままだが、その数値が示す意味合いは、もはや単なる信頼や評価を超えた、もっとパーソナルで、熱いものへと変化しているのを、互いに感じていた。
執務室で二人きりになると、以前のようなぎこちなさは薄れ、自然と視線が絡み合い、柔らかな空気が流れることも多くなった。
「レオン、本日の政務報告、確認しました。この部分の分析、鋭いですね。感心しました」
イザベラが、俺がまとめた報告書を手に、珍しく素直な称賛の言葉を口にする。
「いや、それはイザベラのアドバイスがあったからだ。君の視点にはいつも助けられている」
俺も、照れずに彼女への感謝を伝えられるようになった。
書類を受け渡す際に指先が触れ合うと、以前のようにビクッとするのではなく、ほんのりと互いの体温を感じて、ドキッとする。彼女の頬が微かに赤らむのを見て、俺の心臓も温かくなる。
周囲も、そんな俺たちの微妙な変化に気づき始めていた。侍女のクララ(貢献度+80!)などは、もはや隠すことなく、「王子、イザベラ様と本当にお似合いですわ。早く正式にご結婚なさらないのですか?」などと、嬉しそうに聞いてくる始末だ。王宮内では、「あの二人は、もはや単なる婚約者ではなく、真実の愛で結ばれているのでは?」といった噂が、祝福と共に囁かれ始めていた。
そんなある日、俺はイザベラを誘って、完成した王宮庭園を散策していた。俺たちが初めて本格的に共闘し、予算を獲得した、思い出深い庭園だ。色とりどりの花が咲き誇り、薬草園からは心地よいハーブの香りが漂ってくる。市民の憩いの場としても一部が開放され、多くの人々が楽しそうに散策していた。彼らの俺たちへの貢献度も、この庭園のおかげで確実に上昇しているようだ(平均で+30程度)。
「見事に完成しましたね、レオン。あなたの熱意と、民を想う気持ちが生んだ、素晴らしい庭園です」
イザベラが、感慨深げに庭園を見渡しながら言った。彼女が俺個人の「想い」を評価してくれることが、何よりも嬉しかった。
「いや、これもイザベラがいてくれたおかげだ。君の的確な計画と、妥協しない姿勢がなければ、こんなに早く、そして素晴らしいものはできなかった」
俺がそう言うと、彼女は少し驚いたように俺を見た後、ふわりと花が綻ぶように微笑んだ。それは、いつものクールな表情とは全く違う、陽だまりのような、柔らかく、そして心からの笑顔だった。
その笑顔に、俺の心臓は大きく、そして甘く跳ねた。貢献度【+100】の輝きが、春の日差しのように眩しく感じられた。俺は、この笑顔をもっと見ていたい、一生守り続けたい、と強く思った。この想いを、いつか必ず伝えなければならない。
だが、そんな穏やかで幸福な時間は、長くは続かなかった。外交という外からの脅威を一旦は退けた俺たちに、今度は国内の問題…内憂が、静かに、しかし確実に牙を剥き始めたのだ。
その兆候は、王国北部のグラント領から届いた、一通の不穏な報告書からもたらされた。
「…グラント領で、原因不明の凶作の兆候が見られる、と? しかも、被害が拡大している…?」
宰相執務室で、ヴァイスハルト公爵(貢献度+75)が険しい表情で報告書を読み上げていた。俺とイザベラも同席している。
「はい。例年に比べて作物の生育が悪く、一部では立ち枯れも報告されております。当初は一部地域の問題かと思われましたが、ここ数週間で被害が領内全域に広がりつつあるとのことで…」
報告に来た農政担当の役人(貢献度+30)が、顔を曇らせて答える。彼の貢献度が低いのは、事態の深刻さを前に自信を失っているせいか、それとも何か他に理由があるのか…。
グラント領。それは、アルクス王国の中でも比較的豊かな穀倉地帯の一つだ。もし、そこで本格的な凶作となれば、王国全体の食糧供給に深刻な影響が出かねない。民の生活不安は、国の安定を揺るがす。
「原因の調査は進んでいるのか?」イザベラが鋭く問う。
「それが…日照りや長雨といった異常気象は見られません。大規模な病害虫の発生も確認されておりません。ただ、現地の農民からは、土地そのものの力が弱っているのではないか、という声が多数上がっているようです。それと…これは未確認情報ですが、前領主ボーデン伯爵(アルベルト派)時代の無理な政策の後遺症ではないか、と囁く者もいるようでして…」
役人は口ごもりながら答えた。
土地が痩せる…? 連作障害か、あるいは土壌汚染か? 俺は前世の知識を総動員して可能性を探る。そして、前領主の悪政の後遺症…。それは十分に考えられる。だが、それだけでこれほど急速かつ広範囲に被害が拡大するだろうか? 何か別の要因が絡んでいるのではないか?
「グラント領の現領主は、ボーデン伯爵失脚後に王家が任命した代官だな。彼はどう動いている?」俺が尋ねる。
「はい、代官(貢献度+55、真面目だが経験不足)は懸命に原因究明と対策に当たっておりますが、状況は改善せず、領民の不満も高まっているとのことです…」
(状況が悪すぎる…まるで、何者かが意図的に凶作を引き起こし、混乱を煽っているかのようだ…)
嫌な予感が胸をよぎる。もし、これが単なる自然現象や過去の悪政の後遺症だけではなく、人為的な…それも、悪意を持った介入によるものだとしたら? 例えば、アルベルト叔父(貢献度-95)が、逃亡先から何らかの妨害工作を行っているとか…?
「いずれにせよ、事態は深刻だ。早急に原因を特定し、対策を講じねば、王国全体が大混乱に陥りかねん」宰相が重々しく言った。「レオン王子、そしてイザベラ。再びお主たちの力を借りたい。現地に赴き、この凶作の真の原因を突き止め、解決策を見出してはくれぬか?」
「えっ…!?」
またしても、俺たちに白羽の矢が立った。
「お父様、それは…」イザベラが何か言いかけたが、宰相はそれを手で制した。
「お前たちの能力と判断力は、先の外交交渉で証明済みだ。そして、この件にはアルベルトの影がちらつく以上、最も信頼でき、かつ公正な調査ができるお前たちに任せるのが最善だと判断した。王太子自らが現地に赴けば、領民も安心し、真実を語りやすくなるだろう。必要な支援は惜しまない」
俺はイザベラと顔を見合わせた。彼女の瞳には、父への気遣いと、しかしそれ以上に、国の危機を見過ごせないという強い決意の色が宿っていた。貢献度は【+100】。揺るがない。彼女もまた、この難題に立ち向かう覚悟を決めている。
「…わかりました。謹んで、お受けいたします」
俺は頷いた。これもまた、王太子としての責務だ。民の苦しみを救い、国の安定を守らなければならない。そして、イザベラと共に、この新たな困難に立ち向かうのだ。
こうして、俺たちは原因不明の凶作の謎を解明すべく、再び問題の渦中へと飛び込むことになった。それは、政争の影と、まだ見ぬ悪意が潜む、新たな困難への旅立ちであると同時に、俺とイザベラの絆をさらに試すことになる、特別な旅の始まりでもあった。
第11章:悪政の爪痕と見えざる手
グラント領への旅は、前回とは異なり、公式な「王太子による地方視察および調査団派遣」として行われた。アルベルト叔父の脅威は残るものの、彼の派閥は弱体化しており、前回のような隠密行動よりも、王太子としての権威を以て堂々と調査する方が、領民の協力を得やすく、真相に迫りやすいと判断したからだ。護衛の騎士団も増強し、農業や土壌、水質に関する専門家チームも同行させた。
道中、馬車の中で俺とイザベラは、グラント領に関する資料を改めて読み込み、凶作の原因について議論を重ねていた。
「やはり、ボーデン伯爵時代の無理な換金作物(麻)の連作による地力低下が、根本的な原因の一つでしょうね」イザベラが分析結果をまとめた資料を示しながら言う。「しかし、それだけでは説明がつかないほど、被害の進行が速すぎる。まるで、何かが土壌の回復力を阻害しているか、あるいは積極的に作物を枯らしているかのようです」
「土壌汚染の可能性は? 伯爵が不正な廃棄物を領内に投棄していたとか…」
「専門家の初期調査では、重金属などの明確な汚染物質は検出されていません。ただ、土壌サンプルの一部から、通常の土壌には見られない、微弱な『負の魔力反応』が検出されたという気になる報告も上がっています」
「負の魔力反応…?」聞き慣れない言葉に、俺は眉をひそめた。「それは、どういう…?」
「通常の魔力とは異なる、生命力を奪うような性質を持つ魔力のことです。古代の禁術や呪術の類で使われることがあると、古い文献には記されていますが…まさか、そんなものが…」
イザベラも、信じられないといった表情で首を振る。
(禁術…呪術…まさか、叔父上が関わっているのか? 逃亡先で、そんな力を手に入れたとでも言うのか?)
東部国境で俺を襲った、あの呪いのような攻撃。あの時感じた、邪悪な気配。それが、このグラント領にも及んでいるとしたら…? 事態は、単なる悪政の後遺症というレベルを超えているのかもしれない。
グラント領の中心都市に到着すると、俺たちはまず現地の代官(貢献度+55)から詳しい状況を聞いた。彼は王家への忠誠心は高いが、経験不足からか、目の前で起こっている異常事態に憔悴しきっている様子だった。
「王子殿下、イザベラ様、ようこそお越しくださいました。しかし、このような状況でお迎えすることになり、誠に申し訳ございません…。凶作は悪化の一途をたどり、領民の不満は募るばかり。我々も手を尽くしてはいるのですが、原因が特定できず…」
代官は、深いため息をついた。
俺たちは、代官の案内で、被害が特に深刻な農村部へと足を運んだ。道すがら目にする田畑は、前回訪れた時よりもさらに酷い有様だった。作物は枯れ果て、地面はひび割れ、まるで生命そのものが土地から失われてしまったかのようだ。農民たちの顔にも、深い絶望と諦めの色が浮かんでいた。彼らの代官への貢献度は低く(-20程度)、王家への不信感(貢献度±0~-30)も広がっている。
ある村で、俺たちは集会を開き、農民たちから直接話を聞くことにした。最初は王太子である俺たちを前に萎縮していた農民たちも、俺たちが真剣に彼らの声に耳を傾け、共に解決策を探ろうとしている姿勢を示すと、次第に重い口を開き始めた。(俺の貢献度も、彼らに対してわずかにプラスに転じた)
「土地が…土地が死んじまっただ…何を植えても、すぐに枯れちまう…」
「夜になると、畑から気味の悪い呻き声が聞こえるって話もあるだ…」
「川の水も、なんだか濁って、変な匂いがする時があるだよ…」
「これも全部、前の領主様の祟りじゃねえか…いや、今の代官様が頼りないからか…?」
農民たちの証言は、単なる凶作という言葉では片付けられない、不気味な現象が起きていることを示唆していた。そして、彼らの不安や恐怖、不満といった「負の感情」が、この土地に渦巻いているのを、俺はスキルを通して強く感じた(貢献度が軒並み-50以下)。
(負の感情…負の魔力反応…まさか、繋がっているのか?)
もし、イザベラの言う「負の魔力」が、人々の負の感情を糧として増幅する性質を持つとしたら? そして、その魔力が土地や作物を蝕んでいるとしたら? アルベルト叔父か、あるいは黒幕は、意図的にこの状況を作り出し、領民の絶望を煽ることで、さらに強力な呪いをグラント領全体にかけようとしているのではないか?
俺はこの恐ろしい仮説を、イザベラと専門家チームに伝えた。専門家たちは半信半疑だったが、イザベラは真剣な表情で頷いた。
「可能性はあります。もしそうなら、物理的な対策だけでは不十分です。土地や水に残る『負の魔力』を浄化する必要があるかもしれません」
「浄化…? そんなことができるのか?」
「私の光魔法や、聖教会から派遣された聖職者の方々の力なら、あるいは…。しかし、そのためには、まず呪いの発生源、あるいは中心となっている場所を特定しなければなりません」
発生源の特定…それは困難を極めるだろう。しかし、やらなければならない。俺はスキルを使い、領内で特に「負の感情」や「負の魔力反応」が強い場所を探し始めた。農民たちの貢献度(マイナス値の強さ)や、専門家が採取した土壌・水サンプルの分析結果(負の魔力反応の強弱)を地図上にプロットしていく。
すると、一つの奇妙なパターンが浮かび上がってきた。負の反応が特に強い地域は、かつてボーデン伯爵が私的に利用し、今は廃墟となっている古い砦や、曰く付きの沼地、そして…彼が秘密裏に何かを投棄していたと噂される森の奥深くに集中しているのだ。
(やはり、ボーデン伯爵の悪政が引き金になっている…だが、それを利用して、さらに邪悪な呪いを仕掛けた者がいる…!)
俺たちは、調査の焦点を、これらの怪しい場所へと絞り込むことにした。特に、森の奥深くにあるという「禁忌の森」と呼ばれる場所は、地元民も決して近づかないという。そこに、何かがある可能性が高い。
だが、調査を進めようとした矢先、事態は急変する。
夜、俺たちが拠点としていた代官の館が、突如として正体不明の集団に襲撃されたのだ! 漆黒のローブを纏い、不気味な仮面をつけた者たちが、音もなく館に侵入し、衛兵たちに襲いかかった! 彼らの動きは人間離れしており、その体からは禍々しいオーラが放たれている! 貢献度は軒並み【-80】以上!
「敵襲! 『夜なる結社』の手の者か!?」
俺は咄嗟に叫び、光の剣を抜いた。イザベラも杖を構え、臨戦態勢に入る。護衛の騎士たちも応戦するが、相手の動きは素早く、しかも闇の魔術らしきものを使ってくるため、苦戦を強いられている。
「レオン、気をつけて! 彼らは普通の人間ではありません!」
イザベラの警告通り、斬りかかった騎士の剣が、ローブの男の体をすり抜けるかのように効果がない! 物理攻撃が効きにくいのか!?
「光魔法なら!」
俺は光の剣を振るい、ローブの男を薙ぎ払う! 剣の光に触れた男は、苦悶の声を上げて後退した。やはり、闇の存在には光の力が有効らしい。
「イザベラ、援護を!」
「はい! 《ホーリー・ライト》!」
イザベラが放った浄化の光が、他のローブの者たちを包み込み、彼らの動きを鈍らせる!
しかし、敵の数は多く、次々と現れる。彼らの目的は、俺たち調査団の抹殺か、それとも何か別のものか…?
混乱の中、俺はスキルで敵の動きを探る。すると、襲撃者たちの何人かが、戦闘を避け、館の奥…代官が保管しているグラント領の古地図や重要書類が保管されている書庫へと向かっていることに気づいた!
(まずい!奴らの狙いは、証拠隠滅か、あるいは何か別の情報か!?)
「イザベラ、書庫が狙われている! 行くぞ!」
俺はイザベラと共に、騎士たちに後を任せ、書庫へと急いだ。
書庫の前では、すでに数人のローブの者たちが扉を破壊しようとしていた。
「させるか!」
俺は光の剣を突き出し、イザベラは光魔法を放つ!
激しい戦闘が繰り広げられる中、ローブの者の一人が、懐から奇妙な黒い水晶のようなものを取り出した!
「これは…!?」
その水晶が禍々しい光を放った瞬間、周囲の空間が歪み、俺とイザベラは強烈なめまいに襲われた!
「くっ…転移魔法か!?」
視界が暗転し、意識が遠のいていく…。最後に聞こえたのは、ローブの者たちの嘲笑うかのような声と、イザベラが俺の名前を叫ぶ声だった。俺たちは、一体どこへ飛ばされるのだろうか…? そして、グラント領の、王国の運命は…?
第12章:禁忌の森と呪いの核心
意識を取り戻した時、俺はひんやりとした湿った地面の上に倒れていた。周囲は鬱蒼とした木々に囲まれ、不気味な静寂に包まれている。空は厚い雲に覆われ、昼間のはずなのに薄暗い。鼻をつくのは、腐葉土と、そして微かに漂う…血のような、あるいはもっと別の、形容しがたい瘴気のような匂い。
「ここは…どこだ…?」
頭痛を押さえながら身を起こすと、すぐ隣でイザベラも意識を取り戻したところだった。
「レオン…! ご無事でしたか!」
彼女は安堵の表情を浮かべたが、すぐに周囲を見渡し、険しい顔つきになった。「ここは…おそらく、あの『禁忌の森』の中です。転移魔法で、ここまで飛ばされたのですね…」
禁忌の森…地元民が決して足を踏み入れないという、呪われた森。やはり、ここが今回の異変の核心に近い場所なのか。敵は、俺たちをここに誘い込み、始末するつもりなのか、それとも何か別の目的があるのか?
「他の仲間たちは…?」
「分かりません。転移は私たち二人だけだったようです。おそらく、私たちを分断し、孤立させることが目的だったのでしょう」
イザベラの冷静な分析に、俺は改めて状況の悪さを認識した。護衛もいない。連絡手段もない。そして、この不気味な森には、何が潜んでいるか分からない。貢献度スキルを使ってみるが、森全体から強い負のオーラ(マイナス数値の揺らぎ)が感じられるだけで、具体的な敵意や存在は感知できない。
「とにかく、ここから脱出しなければ。そして、呪いの発生源を突き止め、破壊する。それができれば、グラント領の状況も改善するはずです」俺は決意を込めて言った。
「ええ。ですが、慎重に行きましょう。この森には、通常の生物ではない『何か』がいる気配がします…」イザベラも杖を構え、警戒を強める。
俺たちは、光の剣を頼りに、森の奥へと進み始めた。スキルで微弱なプラスの反応(おそらくは森の精霊のような存在か、あるいは古代の善意の残滓か)を探りながら、比較的安全そうな道を選んでいく。
森の中は、異様な雰囲気に満ちていた。木々は奇妙な形にねじ曲がり、地面には動物の骨らしきものが散乱している。時折、遠くから不気味な獣の咆哮や、人の呻き声のようなものが聞こえてくる。
しばらく進むと、開けた場所に出た。そこには、古びた石造りの祭壇のようなものがあり、その周囲には黒ずんだ人骨がいくつも転がっていた。そして、祭壇の中央には、禍々しい紋様が刻まれた黒い石碑が突き立っていた。石碑からは、強烈な負の魔力が放出されており、周囲の空間を歪ませている!
「これだ…! これが呪いの発生源の一つに違いない!」
俺は確信した。貢献度も【-???】と、測定不能なほどの邪悪さを示している。
「破壊します!」
イザベラが光魔法を放とうとした瞬間、石碑の周りの地面から、黒い泥のようなものが盛り上がり、次々と人型の怪物…マッドゴーレムのようなものを形成し始めた! 数は十体以上。その目には憎悪の光が宿り、俺たちに向かって襲いかかってくる!
「くっ…番人がいたか!」
俺は光の剣でゴーレムを斬りつけるが、泥の体は物理的な攻撃を受け流してしまう。
「レオン、物理攻撃は効果が薄いです! 光の力で浄化を!」
「分かってる!」
俺は剣に光の力を集中させ、ゴーレムを薙ぎ払う! 光に触れた泥は蒸発するように消滅していく。イザベラも強力な光魔法で応戦し、ゴーレムを次々と浄化していく。
激しい戦いの末、俺たちはなんとか全てのゴーレムを倒した。そして、イザベラが祭壇の石碑に向かって、渾身の浄化魔法を放った!
「《グランド・ホーリー》!」
眩い光が石碑を包み込み、バキバキという音と共に、石碑は粉々に砕け散った! 石碑が破壊されると同時に、周囲に立ち込めていた瘴気が薄れ、森の空気が少しだけ澄んだような気がした。
「やったか…!」
俺たちが安堵しかけた、その時だった。
森の奥から、地響きと共に、巨大な影が現れた! それは、ねじくれた巨木に、無数の骸骨や獣の骨が融合したかのような、おぞましい姿の怪物…トレントの亜種のような存在だった! その体からは、先ほどの石碑以上の強大な負の魔力が放たれている!
「まさか…あれが、この森の主…呪いの核心か!?」
その巨体と威圧感に、俺たちは息を呑んだ。貢献度は、やはり【-???】。
怪物は、ギロリと濁った目で俺たちを睨みつけ、その巨大な腕(枝?)を振り下ろしてきた!
「危ない!」
俺たちは咄嗟に飛び退き、攻撃をかわす。地面が抉れ、土煙が舞い上がる。
「レオン、あれは強すぎます! 一旦退いて体制を…!」
「いや、ここで倒さなければ、グラント領は救われない! 俺たちの手で、この呪いを断ち切るんだ!」
俺は光の剣を強く握りしめた。絶望的な相手かもしれない。だが、俺たちには守るべきものがある。
「イザベラ、力を貸してくれ! あの時みたいに!」
「はい!」
俺たちは再び連携し、巨大な怪物に立ち向かう。俺が光の剣で怪物の攻撃を受け止め、隙を作り、イザベラが強力な光魔法を叩き込む!
激しい攻防が続く。怪物の攻撃は熾烈で、俺たちは何度も吹き飛ばされそうになる。だが、互いを庇い合い、励まし合いながら、少しずつダメージを与えていく。光の剣の輝きも、イザベラの魔法の威力も、共に戦うことで増していくように感じられた。
そして、ついに勝機が訪れた! 俺が光の剣で怪物の核(弱点であろう、胸の中心で禍々しく光る部分)への道を切り開き、イザベラが最後の魔力を振り絞って、最大級の光魔法を放った!
「貫け! 希望の光! 《セイクリッド・ノヴァ》!!」
光の奔流が、怪物の核を直撃する!
「ギシャアアアアアッ!」
怪物は断末魔の叫びを上げ、その巨体は内側から浄化され、光の粒子となって霧散していった!
後に残されたのは、静寂を取り戻した森と、疲労困憊で地面に座り込む俺とイザベラだけだった。
「…やった、のか…?」
「ええ…やったみたいですね…レオン…」
俺たちは、互いの顔を見合わせ、安堵の笑みを浮かべた。そして、どちらからともなく、そっと手を取り合った。
怪物が消滅すると、森を覆っていた瘴気は完全に消え去り、木々の間からは柔らかな陽光が差し込んできた。まるで、森そのものが呪いから解放され、安息を取り戻したかのようだった。
(これで、グラント領も…)
俺たちは、互いに肩を貸し合いながら、森からの脱出ルートを探し始めた。道中、スキルで確認すると、森の精霊たちの微弱な貢献度(感謝?)のようなものが感じられた。
森を抜けると、そこには心配そうな顔で俺たちを待っていた代官と、救援に来た騎士団の姿があった。館を襲撃したローブの者たちは、俺たちが転移させられた直後に撤退したらしい。
代官からの報告によれば、俺たちが森の怪物を倒したのとほぼ同時に、グラント領各地で作物の枯死が止まり、濁っていた川の水も澄み始めたという。
「王子殿下! イザベラ様! あなた方が、この領地を救ってくださったのですね!」
代官は涙ながらに感謝の言葉を述べた。領民たちの俺たちへの貢献度も、大幅に上昇しているはずだ。
グラント領の危機は去った。そして、俺たちは、悪政の爪痕だけでなく、その裏に潜む「闇の力」の存在と、それに対抗しうる「光の力」(光の剣とイザベラの魔法)の可能性を、身をもって知ることになった。
だが、根本的な解決には至っていない。逃亡したアルベルト叔父、そして彼と繋がる『夜なる結社』。彼らが存在する限り、王国に真の平和は訪れないだろう。俺たちの戦いは、まだ終わらない。そして、この戦いを通して深まったイザベラとの絆は、俺にとって何よりも大切な宝物となっていた。俺は、彼女の手を強く握りしめ、王都への帰路についた。
第13章:(新規挿入章)王都への帰還と新たな決意
グラント領からの帰還は、凱旋と呼ぶには程遠いものだった。多くの犠牲を払い、俺自身もイザベラも満身創痍だった。しかし、領地を蝕んでいた呪いを打ち破り、民衆を絶望から救い出したという事実は、確かな達成感と、次なる戦いへの決意を俺たちにもたらしていた。
王都に戻ると、国王陛下と、少しずつ回復に向かっている宰相閣下(まだ病床にはあるが、意識ははっきりしていた)に事の顛末を報告した。グラント領での異常事態が、単なる悪政の後遺症ではなく、『夜なる結社』と名乗る邪悪な集団による「闇の魔術」を用いた呪詛攻撃であったこと。そして、逃亡したアルベルト叔父が、彼らと結託している可能性が極めて高いこと。
「なんと…そのような邪悪な者たちが、この国に災いをもたらしていたとは…」
陛下は顔を青ざめさせ、言葉を失った。
「…やはり、アルベルトは…取り返しのつかぬ道を選んでしまったか…」
宰相閣下も、苦渋の表情で呟いた。彼の貢献度は【+80】。病にあっても、国を思う心は揺らいでいない。
俺は続けた。
「しかし、希望もあります。イザベラの持つ光の魔法、そして王家に伝わる『光の剣』は、闇の魔術に対抗しうる力を持っていることが確認できました。そして、今回の件で、『夜なる結社』の存在とその危険性が明らかになった。今こそ、王国全体で団結し、この脅威に立ち向かうべき時です」
俺の言葉に、陛下も宰相も力強く頷いた。
「うむ、レオンの言う通りだ。もはや、アルベルト個人の問題ではない。王国全体の、いや、あるいはそれ以上の危機かもしれん。総力を挙げて、この闇に立ち向かわねばならぬ」
「聖教会にも協力を要請し、闇の魔術に関するさらなる調査と、対抗策の準備を進めましょう。イザベラ、お前の力も必要になる」
こうして、王宮は『夜なる結社』という新たな脅威への対策に乗り出すことになった。情報収集、警備体制の強化、そして聖教会との連携…。俺とイザベラは、その中心となって動くことになった。
忙しい日々が続く中、俺とイザベラの個人的な関係も、新たな段階へと進みつつあった。グラント領での死線を共に乗り越え、互いの秘密(イザベラの魔法、俺のスキル)を知り、そして互いを守り合った経験は、俺たちの間にあった最後の壁を取り払い、深い愛情と信頼を育んでいた。
ある夜、月明かりの差すバルコニーで、二人きりになった時だった。あの時、衛兵に邪魔された場所だ。
「レオン…」イザベラが、少し躊躇いがちに口を開いた。「グラント領では…その、ありがとうございました。何度も、あなたに守っていただいて…」
「いや…俺の方こそ。イザベラがいなければ、俺はあの森で終わっていた。君の光魔法と、君の存在そのものが、俺の力になったんだ」
「でも、あなたは私を…あの呪いから…」
彼女の頬が赤く染まる。その表情は、いつものクールさからは想像もできないほど、可憐だった。
俺は、吸い寄せられるように、彼女の白い手に自分の手を重ねた。彼女は驚いたように目を見開いたが、その手を引くことはなかった。むしろ、そっと俺の手に指を絡めてきた。
「イザベラ…」
俺が彼女の名前を呼ぶと、彼女は潤んだ瞳で俺を見上げた。月明かりに照らされたその瞳には、確かな熱情が宿っているように見えた。
俺たちの顔が、自然と近づいていく。今度こそ、邪魔は入らない。あと数センチで唇が触れ合う、その瞬間――。
俺は、意を決して、自分の気持ちを言葉にした。
「イザベラ…愛している」
彼女の瞳が見開かれ、そして次の瞬間、美しい涙が溢れ出した。それは、悲しみではなく、喜びと、そして同じ想いを告げる涙だった。
「レオン…私も…私も、あなたを…愛しています」
俺たちは、ようやく想いを伝え合い、そして、優しい口づけを交わした。それは、これまでの苦労や不安を全て忘れさせてくれるような、甘く、そして温かい瞬間だった。貢献度【+100】が示す絆は、ついに真実の愛へと昇華したのだ。
「これからは、何があっても、俺が君を守る。パートナーとして、そして…愛する人として」
「はい、レオン。私も、あなたの隣で、共に戦い、共に未来を歩んでいきます」
俺たちは、再び強く抱きしめ合った。言葉はもう必要なかった。互いの想いは、確かに通じ合っていたのだ。
しかし、そんな幸福な瞬間にも、俺たちは忘れてはいなかった。王国には、まだ闇の脅威が残っていることを。アルベルト叔父と『夜なる結社』は、必ずや次なる行動を起こしてくるだろう。
ようやく掴んだこの幸福を守るためにも、俺たちは戦わなければならない。愛する人と、この国の未来のために。俺とイザベラの本当の戦いは、ここから始まるのかもしれない。俺たちの絆は、最大の武器となるはずだ。