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エイナルは無意識のうちに、つばをごっくんと飲んだ。
「な、なんだか、すごく華やかに仕上げてきたんだね……?」
目の前のコハルが、いつもとちょっと違うのだ。お祭りに出かけるために、着飾っている。
コハルはスカートの両端をつまんで、勇ましく胸を張った。
「コハル、18歳。おとなだぜ!まかせろ!」
「ああ……そうだった。えっと、お化粧もしてるんだね?す、すごく、うん、似合ってる。おめかしして大人のお嬢さんだね」
コハルがここにきた初日は、ヴィッレに押し付けられた外出着をよく分からずに着ていたらしい。
それ以降は、領主館のメイドの制服を着てやってきた。着慣れている服が、本当は好きらしい。白い詰め襟のついたグレーのロングドレスに、紺の外套だ。
最初の頃は、おまけに、いつものメイド仕事の格好のまま——髪の毛をまとめてフリルのついたホワイトブリムですっぽり覆い、白のエプロンドレスも着たままやってきた。
たいそう清潔感があって似合ってはいた。むしろ愛らしいとしか言いようがない。けれど、それは室内での格好だ。灯台で過ごすには、すぐに汚れてしまう。
なんとか絵を描きながら説明し、それ以降はシンプルなグレー姿で落ちついていた。
でも、今日は違う。
「今日は典型的な街娘のスタイルなんだな。買いに行ったの?」
「カンナの妹の。小さいから、もう着ない、だからもらった。たくさん!」
「それはよかったねぇ。うれしいねぇ」
うれしそうなコハルに、うれしくなったエイナルは返す。
子どもが大きくなって着られなくなった服を、ご近所の家に譲るのはよくあることだ。
コハルはカンナの家から、服をたくさん譲ってもらったらしい。
今日のコハルが着ているのは、白い立て襟の長袖ブラウスに、青空色のベスト。大きな白いマーガレットの花が、胸の左右に4輪ずつ刺繍されて咲いている。花の周りに刺された黄緑の淡い色合いの葉っぱが良いアクセントだ。
ベストの下には、くるぶし丈の黄色のウールスカート。マーガレットの花芯の黄色と同じ、あたたかみのある色だった。スカートの下部にも大小のマーガレットの刺繍が咲いている。
黒髪は三つ編みでまとめてある。白いヘッドスカーフで後ろ頭を包み、首の後ろで結んでいる。小花柄の白いレース織のものだった。
「本当に、花の妖精みたいだな……」
「なぁに?」
「い、いや、何でもない!」
くるりと背中を向けたかと思うと、エイナルはバタバタと居間を飛び出していく。
しばらくしてまたバタバタと戻ってきた。その手には美しい木彫りの箱があった。反対側の腕には服のようなものを引っ掛け、手に帽子を持っている。
箱をテーブルに置いてから、エイナルはしばらく中を眺めて思案する。ひとつ、銀色の何かを取り出した。
「これ、ネックレス。うちの母親が使ってたものなんだけど。こないだ思い出して磨いておいてよかった」
広げてみせる。長めの銀のチェーンに、しずく型の透かし彫りプレートが何枚も下がっている。繊細なそれに、コハルの目が釘付けになる。
「大人の女の人だと、特別な場にネックレスをすることも多いんだ。気に入った?コハルもつけてみる?」
勢いよくうなずきかけたコハルが、急にためらった。
ひどく申し訳なさそうな顔になる。
コハルはもう、去年の秋にエイナルの両親が亡くなったことを知っていた。
しおしおと、小さな声が言う。
「でも、それ、お母さんの。とてもとても大事なもの……」
「いや、それがさ」
エイナルは思い出して、ふふっと軽く吹き出した。
「うちの親父、母さんがこういうネックレスをつけてるのが好きでさ。時々ひょっこり買ってくるんだよね。同じようなデザインばっかり。ほら、見て。えっと、いち、にい、さん、」
最後に、自分が持っているネックレスを振ってみせる。
「よん」
エイナルは、コハルのうしろに回ると、ブラウスの上から、そのネックレスをゆっくりつけた。
「四つも似たのがあるんだから、ひとつくらいコハルが着けてくれたほうが、うちの親たちも喜ぶと思うよ。ほら、どうかな?」
差し出された鏡を、コハルは覗き込む。頬が、ゆるんだ。ピンク色に染まっていく。
大切そうに、そっとネックレスをやさしく撫でる。
「イケてる!」
「いけてるよねぇ」
「お姫さまみたい!」
「ああ、お姫さまの出てくる絵本、こないだ読んでたもんねぇ。えらいなぁ。コハルは勉強熱心だ。俺なんかもう、できれば勉強したくない」
しみじみ言いながら、エイナルは着ている白シャツ、黒ズボンの上から、持ってきた漆黒のベストを羽織った。金のボタンが付いていて、襟ぐりには金の刺繍がついている。
山高帽もかぶる。青く染めた飾り羽根がついている。
コハルがぽかーんとエイナルを見ている。
その反応に、エイナルは非常に不安になる。何か間違えてしまったろうか。
晴れの場に出る時の、一般的な衣装ではある。
本当はこんなに気取るつもりはなかったけれど、コハルのおめかしに浮かれた。慌ててクローゼットから持ち出してきたのがまずかったろうか。
「こ、コハル……?」
「めっっっっっっっちゃイケてる!」
「そ、そんなに?」
「エイナル、王さま!」
「いや、俺はそんな柄じゃないよぉ」
くるくる周りを回って、コハルは隅々までエイナルを見ている。というか、見られすぎてやしないか。
妙な照れ臭さのあまり、いたたまれなくなったエイナルは、帽子をとって顔を隠し、がりがりがりと頭を掻いた。
日の当たる窓辺で寝ていた猫のトピが、「なおーん」と急に大きく鳴いた。「あほらしい」とか「静かにしてよ」とか「君たち仲良いねぇ、はよ出かけろ」とか、そんなことを一声で伝えてくる技術がすごい。
「うん、わかった。出かけてくる。留守番よろしく。14時と22時のロープは、ヘルッコが巻きにくるから。ごはんは台所に作り置きしてあるから、彼からもらって」
エイナルはトピに返事をする。今日は、午後に手伝いの男が来てくれる日だ。
そして、エイナルは、コハルに自分のたくましい片腕を差し出した。
「さて!では、コハルお姫さま。いこうか。今日は俺の腕につかまっててね。はぐれるといけないから」