(12-2)
シャカシャカカ。シャカシャカカ。
エイナルは鍋を振る。
中のコーヒー豆が、いい音を立てる。
もう、左腕でも右腕でも同じように鍋を振れる。
いい天気だ。雲ひとつない。風はまだ冷たいけれど、絶好のコーヒー焙煎日和だった。
今年初めて煎っている。
すでに3月も終わりだ。
雪に焼けて一面の茶色だった野原の底から、次第に芽吹きの緑が見えはじめている。こうなった大地は、もう止まらない。春に向けてまっしぐらに、さまざまな草が生えはじめる。
「もうそろそろかな」
ひくひくと鼻を動かしながら、コハルが言う。
「もうそろそろだねぇ」
ひくひくと鼻を動かしながら、エイナルも言う。
「よし!いいんじゃないかな」
煎り上がった豆を、ざらりと布の上にあける。
まるでそのタイミングを見計らったかのように、コハルの肩に向けて、パタパタと軽い羽音が舞い降りた。
「小鳥?!」
コハルがびっくりして固まっている。その小鳥は、白銀色をしていた。まるで、レンの髪の毛の色みたいな、陽射しに輝く雪の色だ。
真冬にこの色をした鳥は何種類かいる。けれど、今の時期はそろそろ羽が生え変わって、茶色混じりの保護色になっているはずだ。
その珍しい色をした小鳥は、コハルの驚きにおかまいなしに、ぴょんぴょんと肩の上で跳ねた。
小首を傾げてエイナルをじっと見る。目の色がブルーグリーンだった。ますますレンにそっくりだ。その口に、小枝のようなものをくわえている。
——これ、とっとと早く受け取って?
まるでレンに催促されているような気分になったエイナルは、歩み寄って、そっと手のひらを差し出した。
ぽとり、と小枝が落ちた。かと思ったら、いつの間にか手紙に変わっていた。
「わぁ、レンの魔法だ」
コハルが歓声を上げる。エイナルはまじまじと小鳥を見て、手のひらの封筒を見る。
「わかる?」
「うん、ちょっとレンの気配みたいなのを感じる」
「そうかぁ」
エイナルの指が封筒を摘み上げた瞬間、封がほろりと解けて、自然と口が開く。中の手紙をそっと取り出して、読んでみる。
エイナルとコハルへ。
この鳥、伝令鳥って言うんだ。
気づいていると思うけど、僕の力で飛ぶ鳥だよ。
毎回手紙を郵送してたらすごく値段が高くついちゃうから、この鳥をふたりのところに置いておくね。
何か連絡があったら、こいつに手紙を渡して。
カンティフラスに昨日ついた。
船の旅、すっっっっっっごく楽しかった。
今、ハーフォードの家にいる。
娘が6人もいるんだよ。しかも全員魔法使いときてる。多すぎない?
早く試験に合格して、早くそっちに帰るよ。
とりあえず、報告まで。
あ、これからお昼だって。ハーフォードの奥さんのごはんはすごく美味しい。
じゃあね、また。
3月30日。レンより。
「もう。どこから突っ込んでいいのかわからない」
エイナルは、笑いながら、コハルにその手紙を渡した。
「今日の日付だなぁ。小鳥くん、さっきレンから渡された手紙をもう持ってきてくれたのかな? もしかして、ほとんど一瞬で運べちゃうのか?」
小鳥はちょっと得意そうに、ぴるると鳴いた。そうだと返事されている気がする。
それから、そわそわと、外に出したテーブルの上をうかがっている。そこにはオートミールのクッキーがお茶菓子で置いてあった。
「もしかして、これが食べたい?」
エイナルがクッキーを1枚取り上げると、小鳥はすばやくエイナルの腕に飛び移った。
「ほら、食べる?」
口元にクッキーを近づけると、くちばしで細かくつつくようにして、夢中でついばみ始める。
「レンと好物が一緒なのね?ご主人さまに似るのかな」
手紙を読み終えたコハルが、まじまじと小鳥を眺めて呼びかける。
「美味しい?コレンちゃん」
思わずエイナルは笑ってしまった。
確かに見た目も態度もレンそっくりな小鳥だ。
「コレンちゃんで名前は決まりだな」
うなずいた瞬間、またしても羽音がして、今度は銀色の小鳥がコハルの肩に止まった。
「うわぁ、また小鳥がきた」
もはやコハルも驚かず、小鳥に手のひらをさっと差し出す。そこにぽとりとまた、1通の手紙が落ちた。
くちばしが自由に使えるようになった銀の小鳥は、不満そうにピーイイとコレンに呼びかけている。置いていくなよ、と文句を言っているような気がする。
コレンはまったく無視してクッキーをむさぼり食べている。銀の鳥はコレンの隣に舞い降りて、横からくちばしで同じクッキーをつつき始める。
「あ、今度はハーフォードさんからだ」
手紙を開いたコハルが、嬉しそうに目を走らせた。
「レン、無事に船から降りてハーフォードさんと合流できたって。それから移動魔術で家まで一瞬で帰ってきたって書いてある。だからこんなに早く到着連絡が来たんだね。レンが持ち帰ったスケッチブック1冊、楽しく拝見しましたって。それで……えっ?!」
絶句して、コハルはエイナルの顔を見た。慌てて口をぱくぱくさせる。エイナルも慌てた。
「どうした?!また声が出なくなった!?」
「ちっ、違う……違うけど……これ、これすごい!」
小鳥とクッキーで両腕がふさがっているエイナルのために、コハルが大きく読み上げる。
「『出版社の友人が、あなたのスケッチを見て大変興味を持っています。よかったら、スケッチエッセイを出版しませんか? あなたのお祖父さんの日記エッセイの続編扱いで、世に出したいそうです。俺もレンの絵とあなたの楽しい手紙が出版されるんだったら嬉しいです。さっきレンに聞いたら、勝手にしたら?と言っていました。ちなみにガイザーブル商会の出版部です』だって!」
「えっ?」
——俺の?スケッチを?本にする?えっ?そんな大商会の出版部が?
「えっ?」
もう一度、あらためて耳を疑ってから、とりあえずエイナルは、自分の左腕に居座る2羽の小鳥を見た。
コレンはさっきハーフォードさんの銀の鳥からの小言を聞かなかったふりをしたくせに、今は仲良くぴったり並んでクッキーを分け合っている。
レンがハーフォードさんに心を許し切っているのが、伝わってくるみたいだ。
そんな信頼できる人からの提案なら、真剣に考えてみるべき話なのかも、しれない。
「コハル……えっと、とりあえず、コーヒーを飲んでから、落ち着いて考えようか」




