(12-1)
レンは宣言どおり、3月に入るとすぐ、船に乗って旅立っていった。
「また7月には帰ってくるつもりだからさ。そんな大げさに見送らなくていいよ」
何度もそう言っていたけれど、領主館では壮行会が開かれて、仲間たち総出でレンの門出を祝った。
エイナルとコハル、領主館の一同と、ヘルッコとイストの家族たち。
20人近くの人に囲まれて、レンは好物のお肉をお腹いっぱいに食べながら、終始、少し落ち着かない様子で、でも自然な笑顔を浮かべていた。そして最後はイストの娘にぎゃんぎゃん泣かれて大いに慌てた。
「レンちゃん、いっちゃうのい゛や゛ー!!いっじょにい゛る゛の゛ー!!」
足にしがみついて大泣きする4歳のレディーに、レンはおろおろと両手を宙に泳がせる。誰も彼もがニヤニヤして手助けしてくれないから、最後は観念したように、おそるおそるその頭を撫でた。
「ま、また帰ってくるから。7月には来るから。だからその、何だ、えっと、お土産?持ってくればいい?」
「ほんと!?おみやげ?」
パッと泣き止んだイーダが、涙に濡れた目を輝かせてレンを見上げる。
「イーダちゃんね!おみやげ、ゆびわがいい!」
「えっ、何で?」
「レンちゃんとけっこんする!」
「えっ、だから何で?!」
「うちの娘の交渉術がすげぇな」
イストは満足そうに腕組みしながらうなずいて、レンはさらにおろおろと慌てていた。
旅立つ船の見送りには、さらに大勢の人が来た。
レンがしょっちゅうお使いに行っていた牛乳屋や、レンの髪を刈ってくれていた床屋や、何度も服を買った服屋や、灯台のみんなで時々夕飯を食べにいく食堂の親父さんや、カレー屋さんや。レンが初めて灯台に来た日の、あのキイックルの夫婦も来てくれた。
とにかくいろんな人が港に来ては、レンに声をかけ、その肩をたたき、餞別を手渡す。
「いつの間にこんなに顔見知りが増えてたんだろう」
じわりとつぶやきながら、レンは、首元に巻いたえんじ色のマフラーを軽く引っ張って見せた。
「これ、大事にする。ずっと使う」
コハルとエイナルの首元にも、同じマフラーが巻かれている。
「使い潰しちゃっていいからね。来年はまた新作マフラーを贈るから」
言いながら、コハルはレンに飛びついた。
「レン、本当にいろいろありがとう。大好き。受験、頑張ってね。体に気をつけて」
「うん。頑張る。コハルも体のことで何か心配になったら、すぐに連絡ちょうだい」
エイナルは、横からレンの肩を小突いた。
「くれぐれも無理しすぎないで。レンは真面目だから心配。気持ちが落ち込んだら、マッティをいっぱい吸うんだよ」
「大丈夫。もう毎日吸ってる」
レンは笑って答えると、今度は自分から思い切ったようにエイナルに抱きついた。
「ありがとう。とっとと戻ってくる。帰る家があって、待っててくれる兄さんと姉さんがいる。僕が一生手にできないと思ってた、普通の暮らしをくれて、ありがとう。だから、今は、行ってくる」
そうして胸を張って、レンはマッティの入ったカゴを下げて、堂々と船に乗り込んでいった。
甲板のレンの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振って見送った。
カレー屋さんに寄って仲間みんなでランチをワイワイ食べて、冷たい海風に長く吹かれて冷え切った体を温めてから、灯台に戻った。
コハルは、レンの部屋に入ってみる。
すぐに戻ってくるからと、そのままレンの物が置きっぱなしにしてある。
ただ、夏に海岸で拾った石のかけらを入れていた小瓶は、机の上から無くなっていた。
ああ、持っていったんだな、とコハルは思った。
レンがあのとき拾った石。カーネリアン。オレンジ色の、勇気の石。
とたんに思い出があれこれ湧き上がってきて、レンの抜け殻のような部屋を見ながら、コハルは泣いた。わんわん泣いた。
聞きつけたエイナルがすっ飛んできて、ぎゅうぎゅう苦しいくらいに抱きしめてくれた。
誰かと別れて、こんなに泣いたことはない。
今までたくさんの人と別れてきたけれど、こんなに胸が震えたこともない。
寂しくて、でも希望いっぱいのレンの笑顔がかわいくて、嬉しくて、涙が止まらない。
でも、きっと、これってもしかして、普通の感情なのかもしれない。
大事な弟に向けた、ありふれた、あたりまえの、家族の愛。
そんな気持ちをくれたレンが愛おしくて、生まれて初めてのぬくもりを持て余して、また、わんわん泣いた。
本気で泣き尽くしたら顔がパンパンに腫れ上がるんだって、初めて知った。
「ああ、何で俺はレンみたいな魔法を使えないんだろう」
エイナルは、コハルの顔に冷たい布を当ててくれながら、悔しそうにぼやく。
「使えたら、一発で腫れを治せるのに」
「大丈夫。魔法より、エイナルのくれる冷たいタオルの方が好き」
「わかった。100枚くらい持ってくる」
「そんなにいらない」
コハルは、じんわり冷たいタオルに顔全部を押し付けてから、鼻声でふふっと笑った。
「ちょっとだけ、コーヒーの匂いがするみたい」
「あ、ほんと? 秋に豆を煎ってるときに干しちゃったタオルかな」
「そろそろ煎りたてのコーヒー、飲みたいね」
「そうだね。雪も溶けてきたから、そろそろ外のかまどを使えるようになるし。のんびりコーヒー豆でも煎りながら、レンの帰りを待とうか」
顔を見あわせて、笑い合った。
レンがここを家だと思ってくれるなら。
ふたりはいつもどおりに灯台を守って、彼を待っていればいい。
とうとう最後の月になりました。
本日あと2話、物語のラストまで順次投稿させていただきます。
もう少し、お付き合いくださいませ。どうぞよろしくお願いします!




