(10-5)
「さて」
エイナルは、低い声を出した。
「さすがに、いらっしゃいとは言いづらいな」
身じろぎすらできないサムエルを見下ろす。コハルの見えない力に縛られて、雪の上に座り込んだままだ。
ぽつぽつと、タネリに齧られたあとの鮮血が雪の上に散っている。でも、助け起こしたいとも思えない。
「お前、海洋訓練船の出航まであと3日だろ。こんなところで何してるの?」
「何も。しゅ、出発の挨拶に来ただけだ」
「こんな遅い時間に?ハンマーとナイフを持って?」
エイナルは、口先だけは強がるサムエルの目の前に、雪の中から拾い上げたハンマーとナイフを遠慮なくぶら下げた。
「ああ、あと、拳銃も持ってるのか」
腰から下げたホルダーから回転式拳銃も抜き取った。弾倉に込められた弾の数をチェックする。
「なるほど。2発は撃ち込んだのか。窓にも壁にも穴が開かなくてびっくりしただろ。うちの外壁、特別製なんだ」
堂々とうそぶきながら、レンが持ってきた空のバケツに凶器3点セットを放り込んだ。
「で、消火活動も終わったし、俺たちは家の中からぬくぬくオーロラを楽しむけど。お前はどうする?そこで凍死する?」
「何を言ってる!この変な金縛りを解け!今すぐに!!」
「何で?」
ゆっくりと、エイナルは首をかしげた。
「俺たちを殺すつもりだったんだろ? 逆のことをされたって、文句を言える立場にないんじゃない?」
「こ、殺すつもりなんてなかった!」
「へぇ?」
「す、すこし騒ぎにするくらいだ」
「人の家を盛大に燃やそうとしておいて、すこしって。で、自分はとっとと訓練船に乗って逃げられるからって?」
「あんな船、誰が乗りたいものかよ!」
「ああ、なるほど。乗りたくないからやったのか」
エイナルは、軽く目を見開いてから、がくりと肩を落として納得した。
「灯台で騒ぎが起こったときに、真っ先に自分が疑われるようにわざと立ち回ってたってこと? それで実際にボヤ騒ぎを起こせば、容疑者になるから訓練船には乗らずにすむって? でも自分は犯人って特定されないように動ける自信があったって? お粗末すぎないか、そのシナリオ」
鼻先で笑われて、サムエルの顔が盛大に強張った。
「お、お前の家が異常なんだ!普通だったら上手くいく!」
「へぇ?じゃあ、」
エイナルの笑顔が深まる。目が笑っていない。真冬の空気よりも凍てついている。
気押されたサムエルが、無意識のうちに唇を震わせて、何度もまばたきする。
くぅぅん、とタネリが鼻先で怯えたように鳴いて、コハルの体に擦り寄った。
「コハルにナイフを投げたのは何でだ。殺すつもりがなかったと?」
「おっ……女ひとり殺したってどうってことない!」
「……へぇ?」
「そ、それに正当防衛だ!そっ、その駄犬が噛み付いてきやがったから!」
「…………へぇ?」
とうとうエイナルは、真冬の空気よりも冷たく凍りついた声を出した。
「そうか。なら、お前が、死んだらいい」
「なっ……!」
「面倒くさがって口をつぐんだ俺が、馬鹿だった」
エイナルは、左手をぐっぐっと握りしめる。いつのまにか、ほぼ元通りになっている。コハルとレンとの暮らしが楽しすぎて、負傷したことなど最近ほとんど忘れていた。
あのとき、黙って王都を去った自分を、今さら殴りつけたい。きちんと声をあげていたら、コハルをこんな危ない目にあわせず済んだのに。
生きるのに手を抜くから、こんなことになる。自分も、サムエルも。
苦い後悔を飲み下して、エイナルはことさら明るく声を張り上げた。
「レン、こいつをこのまま運ぶ方法ってあるかな?やっぱり普通にロープで縛って、俺が担ぐのが早い?」
「ああ、裏の海に捨てる?」
エイナルと同じくらいの冷気を放ちながら、レンはにやりと笑った。
ひっと息を詰めて震えたサムエルを見おろして、言い放つ。
「だったらいいよ。エイナルが指一本触れることなんてない。手が腐る」
手袋の人差し指が、くいっと空を向く。
そのとたん、サムエルの体が高く高く浮かびあがった。灯台のてっぺんよりも高く、突風よりも速く。
上空でぴたりと止まる。
「3、2、1、ゼロ」
楽しげなレンのカウントダウンとともに、同じ速さで落下する。雪面に叩きつけられる直前で、ぴたり、とサムエルの体が止まった。
エイナルは、膝丈くらいのところでぷかぷか浮かぶサムエルを見下ろした。
気絶している。白目を剥いて。
「レンの魔法、容赦ないなぁ」
笑いがこみあげる。愉快すぎる。
「これでも足りないくらいなのに?」
不満そうにレンは軽く足をあげて、つんつんとサムエルの横腹を蹴った。
「で?こいつどうするの?」
「とりあえず、物置部屋にでもぶち込んでおこうか。朝になったら、沿岸警備隊に突き出す。過去の諸々を公にして、軍法会議にかける」
すでにサムエルは、生きて捕えるべき窃盗犯ふたりを私的な理由で殺している。その上、コハルの殺人未遂に、灯台施設への放火。
軍法に則った法廷で裁かれるべきだ。並大抵の罪ではない。おそらく一番重い刑になる。
コハルの手前、エイナルは幕切れについて口をつぐんだ。それでも、もう、見逃すつもりもなかった。
「今日はタネリとコハルとレンが大活躍だったからなぁ。明日から、俺が本気でがんばるよ」
「とにかく早く家に入ろ!寒い!あったかいお茶をいれるよ!」
コハルがぴょんぴょんと飛び跳ねながら元気に言う。話せなかったのが嘘みたいだ。
「僕、お茶だけじゃなく何か食べたい。ひさびさに本気で力使ったらめっちゃくちゃお腹すいた!倒れそう!」
レンも元気に叫ぶ。ふわりとサムエルの体を浮かせたまま、意気揚々と玄関に運んでいく。
「ベーコン!チーズ!パンも乗っけてフライパンで焼いちゃう!どう?」
「ぅおん!」
コハルが指折り美味しそうな食べ物の名前を連呼しながら楽しそうだ。タネリの耳がピクピク動いて勝手に返事をしている。
「タネリにはベーコンはしょっぱすぎるから、普通の豚肉焼いてあげようか?あとちょっとだけごほうびチーズ」
「ぅわんわん!」
「俺もポークチーズ食べたいなぁ」
「僕も僕も」
「オッケー!焼いちゃう!」
「いいねぇ、最高だねぇ。コハル、ビールもちょっと飲んでみる?」
「いいの?!」
「コハルの声が戻ったお祝いにね。深夜のオーロラパーティーだ!」
わいわい会話しながら、家の入り口の階段を登る。玄関のドアを閉める一瞬、空を見上げる。
子どものころから見慣れたオーロラが、特別な祝福みたいに見える。
絵を描きたい。ちゃんと描きたい。カラーでこの日を残しておきたい。
目に焼きつけて、ドアを閉めた。
もう自分たちを脅かすろくでもないものは、何もない!




