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灯台守の十二か月〜いけにえ少女と最果てスローライフ  作者: コイシ直
第10章 1月 極夜〜オーロラ

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(10-2)

 

  新年最初の日には、メダル占いを楽しむ風習がある。


 エイナルが子どもの頃には、家族で毎年やっていた。王都に行ってからは、遠ざかっていた素朴な遊びだ。

 今年はどうしてもやりたくて、3人で街の雑貨屋に買いに行った。


 この遊びに使うのは、金属のメダルだ。親指の爪よりふたまわりくらい大きくて、いろんな形をしている。


 エイナルが選んだのは、伝統的な馬の形をしたものだった。春の女神の馬だ。幸せを運んでくれると信じられている。

 コハルは花の形をしたものを、レンは船の形をしたものを、それぞれ選んだ。


 年末、冬至の頃に買う。家の中に飾っておく。

 リボンをかけたモミの木の枝に引っ掛けておくのが一般的だ。

 年が明けたら、枝から取り外して、占いに使う。


「えっ、溶かしちゃうの?!」


 レンが愕然(がくぜん)として叫んだ。

 エイナルの選んだ馬のメダルが、古いおたまの上に載せられ、台所のコンロの火にかけられようとしている。


「そうそう。溶かしちゃうんだ。記念のスケッチを残してあるしね。遠慮なくやっちゃう」


 ためらいなく、おたまを炎の上にかざした。

 熱に弱い金属でできているメダルは、あっという間にゆるゆると形を失っていく。

 そうしてできた銀色の液体を、バケツの水の中に勢いよくざっと流し込んだ。


 銀色はみるみるうちに固まって、新しい姿になっていく。冷たい水に触れたところから、複雑な形が現れる。


「ああ、結構ばらばらになったな」


 バケツの底に沈んだ金属のかたまりをかき集めて、皿の上に載せておく。


「次はコハル、やってみる?」


 元気よくうなずいて、コハルは溶かしたメダルを、豪快に水の中に落とし込んだ。こういう時、コハルは本当に一直線で迷いがない。


『かたまり!』


 水から取り出したものを突き出して見せてくれる。目を輝かせてとても得意そうだ。


「立派なかたまりだ! よし、最後はレンだね」


 慎重な手つきでおたまを受け取って、レンはぼやいた。


「溶かすんだったら、もう一個買っておけばよかった」


 未練たらたらのまなざしに、エイナルは吹き出した。


「なに?文句ある?」

「いや、予想どおりだなぁ、と思って」


 肩をいからせるレンの手のひらに、ポケットから取り出したものを載せる。


「レン用にもうひとつ、同じ船のメダルを買っておいたんだ。だから安心してひとつは溶かすといいよ」

「……ありがと」


 照れ隠しのように口を尖らせながら、乱暴に言う。

 それからレンは真剣な表情で、メダルを溶かした。

 丁寧な手つきで、そっと水の中に銀色の液体を注ぐ。ふわりと広がりながら、固まっていく。


「よーし、それぞれかたまりになったね。そしたら、その形が何に見えるかで今年がどんな年になるかを占うんだ。俺のは……」


 エイナルは、自分の手元の銀色を見た。


「あちこちに散らばったから、あちこちに飛び回る忙しい年になるのかもね。こっちのかたまりは、小さな花が咲いているみたいな形になったな。何か願いがひとつ、叶って花開くのかも!」

「そんな適当な」


 レンが気の抜けた声を出す。

 エイナルは、もしかすると花に見えないこともない、微妙な形の小さな破片を、指の中で大事に転がした。


「いいんだよ。こういうのって、その形から自分が何を読み取るかが大事なんだって。レンはそれ、何に見える?」


 手のひらに載せたかたまりを眺めて、レンはしばらくためらった。

 それから、自信なさそうに、細い声でこぼす。


「扇みたいにひろがってて……なんか、船の(いかり)みたい」

「そうか!そう言われれば、そう見えてきた。錨を降ろす、ってことかな? どこかでどんと腰を据えるポイントでもやってくるのかな」

「……」

「コハルは? 何に見える?」

『鍵!』

「鍵かぁ。新しい宝箱でも見つけて開けられるといいねぇ」

『それでお金持ちになったら、美味しいものいっぱい食べよ!』

「でも俺はコハルが作ってくれるクリームシチューが一番好きだな」


 えへへ、とコハルが照れた。その頬をつついて、えへへとエイナルも笑う。


「なんだろう、この万年春のお花畑みたいな感じ」


 げんなりとレンがつぶやいてから、錨みたいなその銀色のかたまりを、大事そうにハンカチに包んでポケットにしまった。




「エイナルはさ」


 灯火ランプを丁寧に磨きあげながら、レンはぼそっと口にした。

 さっそく、さっきもらったばかりの新しい革手袋を着けている。


「なんで灯台守になろうと思ったの?」

「なろうと思ったっていうより、去年親がバタバタ亡くなって、いつの間にか後を継いじゃってたなぁ」


 エイナルは、信号旗を床に一枚ずつ広げて丁寧に状態をチェックしながら答える。


「なんで、死んじゃったの?」

「うちの母親、もともと少し心臓が悪くてさ。発作であっという間に。親父は健康そのものだったはずなのに、母さんがいなくなったら見事に(しぼ)んじゃって、それで風邪を(こじ)らせて、ね。灯台守の仕事が命、みたいな人だと思ってたんだけど、実は母さん命だったらしい。まぁ、でも、うちの父さんらしいかな」


 正直、みるみる父が母の後を追ってしまって、あの時はあぜんとした。

 でも、今なら少し、理解できる気もする。エイナルだって、今コハルを失ったら、無理だ。


「似たような人、他にも知ってる」

「そうなの?」

「……僕の、父さん」

「そうかぁ。いいお父さんだったんだね」

「……そう、かな」

「そうだよ。だからレンもこんないい子に育ったんだろ」

「……どうだろう。でも、また会いたいと、思ったことは、ある」

「そうだね。俺もそう思う」


 絞り出すように、たどたどしくレンは言葉を紡ぐ。

 もしかしたら、ずっと誰かに聞いて欲しくて、でも誰にも話せなかった本音なのかもしれない。


 22歳の大人のエイナルでも、両親がここにいてくれたらと思うことはある。まだ13歳のレンなら、もっときっと、恋しいはずだ。


 穏やかに、エイナルは相槌をうち続ける。吐き出せるものは、みんな吐き出してしまえばいい。


「エイナルはさ」


 また、レンが言う。

 灯火ランプの台座の脇についている、ロープ巻きのハンドルをじっと見つめている。


「ロープ巻きが、機械で自動にできたら楽だと思ったこと、ある?」

「あるある。そんな魔法のようなことができたら、すっごく楽だな」

「だよね。僕も、ずっとそう思ってる」


 エイナルはうなずいてから、気づいて目を見開いた。


「ああ、もしかして、魔法で本当にできるのか?」

「できるけど……それだと、僕しか楽できない」


 ぼんやりと考え込みながら、レンが言葉を続ける。


「エイナルも使えるように魔導具にしてもいいけど、定期的に特殊な魔石を入れ替えないといけない。そうじゃなくて……誰でも作れて、誰でも使える機械。できるはずなんだ」


 遠く、極夜で日が上らないままの暗い水平線に、ブルーグリーンの瞳を泳がせる。


「だって、あんな大きな船が、魔術じゃなくて燃料だけで動くんだから。僕は、魔術なんかより、よっぽどそっちのほうが、すごいと思う」

「じゃあ、レンが発明してくれよ。自動ロープ巻きの機械」

「え?」


 勢いよく、レンがエイナルの顔を見た。とても驚いた顔をしている。

 エイナルは、丁寧に、言葉を選んで語りかける。


「心の中にそんな立派な種を持ってるなら、これからいくらでも育てられる。レンは真面目だし、努力できる。やろうと思ってやれないことなんてない」


「やれないことなんて、ない」


 小さく、噛み締めるようにつぶやく。その目に、小さく確かな光がよぎる。

 すうっと、レンが深く息を吸った。


「……よく思うんだ。街の暖房だってさ。今、一つひとつの家でペチカを炊いてるけど。たぶん、一気にみんなの家に、暖かいお湯や空気を分配する方法があるはずなんだ。温泉が沸いてるんだもん。地熱を使えばもっと便利に生活できるはず。雪の移動だって、トナカイや犬のそりに頼らなくても技術的に……それからそれから船だって……」


 吹き出すように、レンの口から可能性がこぼれ出る。いつも心の中に秘めていたのだろう。次から次へとアイデアが湧いてくる。

 そうやって語るレンは、生き生きしている。こんなにものびのびと楽しそうな彼を、初めて見た。


 だから、エイナルは力強く言い切った。


「楽しみだ」


 レンが(いかり)かもしれないと言った、さっきのあの銀色のかたまりを思う。

 あれが錨なのだったら、レンの心に希望を深く根ざす力を貸してほしい。

 この子は、器用なのに不器用だ。優しすぎてつっけんどんで、いつでも少し何かを怖がって距離を取ろうとする。

 この子には、幸せになってほしい。


「……楽しみ?」

「もちろん!レンは立派な発明家になれるよ」

「何それ」


 泣き出しそうな声だった。

 でも、素直に嬉しそうに、にいっと、大きくレンは笑った。


「でも、なんだか、やれる気がしてきた」




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