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灯台守の十二か月〜いけにえ少女と最果てスローライフ  作者: コイシ直
第9章 12月 家族とだんらん〜雪かき

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(9-3)

 

 何かを察したレンは、「おやすみっ!」とひとこと言い捨てると、さっさと自分の部屋に引っ込んでいった。


 おかげさまで、エイナルは廊下でコハルとふたりきりだ。ありがたい。


「コハル、本当に大丈夫?さっきの舟の話、怖くなかった?」

『全然!』


 コハルは唇だけで答えて、勢いよく首を横に振る。


『楽しかった!』

「なら、よかったけど……」

『エイナル、心配性』


 くすぐったそうに、コハルが無音でのんきに微笑む。

 

「そりゃ、心配するよぉ」


 エイナルは、ぎゅうとコハルの体を抱き寄せた。ちょうどすっぽりと腕の内側におさまってくれる。ぴったりフィットしすぎて、完全に満たされる。ずっとこうしていたい。


 コハルはいまだに話せない。

 何か、心に負担があって、声を出せなくなっているのかもしれないと医者から言われた。


 エイナルは、コハルが声を出さなくてもいい。すこし不便な程度だ。かまわない。

 でも、コハルの心が何か重荷を抱えているのなら、それは嫌だった。なんとかして、とりのぞいてあげたいし、これ以上、傷ついてほしくない。でも、どうしたらいいのか、わからない。もどかしい。


 それにコハルの声は、耳に心地よい。できれば、また、聞きたい。

 あのかわいらしい声で、名前を呼んでほしい。


「コハル、大好きだ。すごくすごく大事。だから心配性になっちゃうけど、許して?」


 背中に回ったコハルの手に、ぎゅうと力がこもる。

 ああ、許されている。


 体の芯まで幸せになったエイナルは、少し体を離して、コハルのおでこに、おやすみなさいのキスを落とした。もはや、毎日これをしないと落ち着かない。


 でも、今日はそれだけじゃ足りない気分だ。

 でも、コハルの嫌なことは、絶対にしたくない。


「コハル、キスしてもいい?」


 自分でも初めて聞くような、甘いささやき声が出た。

 コハルがとっさにぎゅうと顔をエイナルの胸に押しつける。隠しているつもりなのかもしれない。耳が赤い。かわいすぎる。


「嫌かな?」


 おでこをぐりぐりと横にこすりつけられる。


「嫌じゃない?」


 頭がわずかに小刻みに縦に動く。


「よかった」


 両手でそっと頬を包んで、自分の体から引きはなす。

 コハルの綺麗な黒い瞳は、すでにぎゅっとまぶたに閉ざされていた。少しだけ残念だ。


 さらに身を屈めて、そっと唇を合わせる。愛おしさを何度も擦り付けるようにして、それでも足りずに下唇を軽く噛む。柔らかさを味わう。名残惜しくひっぱってからようやく離す。


 目を伏せたまま吐息をわずかに漏らして、ぴくりとコハルの体が震えた。とたんに、もっと深く、重ね合わせたい衝動が沸き上がる。


 でも、これ以上はまずい。止まらなくなる。今はまだ、その時じゃないことぐらい、吹っ飛びそうなもろい理性でもわかる。コハルの心に何か重い影がある限り。勢いで暴いたら、きっと一生後悔する。


 だからかわりに、きつくきつく、腕の中に抱き込んだ。


 コハルの頭に、ぐりぐり頬を擦り付ける。マーキングしたがる熊の気分が、少しわかってしまった。この()は俺のだ。絶対、誰にもやらない。




 結局、やっぱり少しだけ歯止めが効かなくなってしまって、コハルの柔らかい耳に軽く齧り付いたら、あっという間に自分の部屋に逃げられてしまった。


 逃げるウサギみたいで、恋しすぎる。ますます追いかけたくなってしまうじゃないか!


 閉ざされたコハルの部屋のドアを眺めて、ゆるみきった顔を何とか引き締める。

 エイナルは貯蔵室から蒸留酒とビールの瓶をひっつかんで、居間に戻った。


「幸せそうだなぁ、おい」


 さっそくイストのからかい声が飛んでくる。


「まぁね」


 受け流して、酒瓶をテーブルに置く。ソファーのイストの隣に座った。


「すっかりコハルに骨抜きだな。飲むか? 今のふにゃふにゃしたエイナルになら勝てそうな気がする」


 向かいに座ったヴィッレが、にやりと芋の蒸留酒の瓶を持ち上げる。


「いや、ヘルッコがロープ巻きを終わって戻ってくるまでは、飲まない」


 急にヘルッコに何かあったら、エイナルがロープを巻かないといけない。酒を飲むのは、灯台の1日の仕事が無事に終わったそのあとだ。


「相変わらず真面目だなぁ。じゃあそれまでに、とっとと話を済ませよう」


 ヴィッレは酒瓶をテーブルに戻すと、急に真面目な顔になった。


「あの、サムエルってやつだが」


 とうとう今日の本題が来たな、とエイナルは思った。

 サムエルは、庁舎でこちらに勝手に突っかかってきて捕まった。そのあと、エリヤス小隊長にこってりと絞られたと聞いているが。


「さらに減給になった上で、左遷が決まった」

「へぇ。国の中央からこんな辺境に配置替えになった時点で本人としては地獄だろうに。次はどこに配属だって?」


 言いながら、エイナルはイストを見た。イストは今、サムエルの部下だ。


「海洋訓練船」


 清々(せいせい)とした顔で、イストは言い放った。やっかいな上官が早々にいなくなってくれることになって、喜びを隠すつもりもないらしい。


「そりゃまた、あいつの苦手分野だなぁ」


 エイナルは、新兵時代に海洋訓練に放り込まれた経験がある。同期の連中も一緒だった。あのときはたった1カ月の航海だったのに、サムエルはすっかり音をあげていた。


「我らが上官殿は、来月に出航。半年巡航の予定が組まれている。果たしてあの御仁、窮屈な船上でトラブルを起こさず勤め上げられるかねぇ」


 いっそ愉快そうにイストは言って、エイナルは苦笑いした。

 たかだか半年の航海で、いろいろやらかすサムエルの姿が目に浮かぶようだ。


「うーん。無理そうだよね。ベテラン海兵の兄貴たちにイライラされて、海に叩き落とされなきゃいいけど」

「ありえるな。ぜひそうしてほしい」


 うんうん、とうなずきながら、イストはグラスのビールの残りをあおった。


「状況としては、イストの今の話どおりだ。で、俺の本題はこれからなんだが……」


 ヴィッレがあらためて顔を歪めて切り出そうとする。言いづらそうだ。

 だから、エイナルは肩をすくめて、代わりにあっさりと言った。


「知ってる。サムエルが、港のタチの悪そうな船乗りたちにこっそり声かけてるんだろ。金はたっぷり払うから、自分に手を貸さないか、って」

「……聞いてたか」


 深刻そうな表情をくずさないヴィッレとは対照的に、エイナルは軽々とうなずいた。


「そりゃね。サムエル、変装したつもりで隠せてなかったらしいし。何軒か、酒場の親父さんたちが連絡くれたんだ。あいつ、何か企んでいそうだから気をつけろよ、って」

「ははっ。そりゃあいい!サムエルってやつは、こういう田舎の真の恐ろしさをご存知ないと見える」


 ヴィッレは鼻で笑うと、どっかり背中をカウチに預けた。

 確かに彼の言うとおりだ。

 

「そうだよねぇ。みんな知り合いだし、下手な悪巧みなんて筒抜けだ」


 エイナルはビール瓶の栓を抜くと、ヴィッレとイストのグラスに注ぐ。

 少し前まで、海で森で一緒に遊び狂っていた仲間たちと、こうして大人ぶって酒を飲むなんて。なんだか不思議な気持ちもする。でも、居心地がいい。


「今日は心配してわざわざ来てくれたんだろ。ありがとう」


 イストはそんなエイナルの膝を、ぽんと叩いた。


「沿岸警備隊の中でも、密かに噂になってる。みんなサムエル上官のことを気にしてるから、何か変な動きに気づいたらすぐ連絡するわ」

「助かる」


 ヴィッレも重ねて力強く宣言した。


「街の警備体勢も手厚くするし、灯台までパトロールの足を広げる。なんだったら、領主館のガードマン、泊まり込みで派遣するか?」

「ひとまず泊まり警備まではしてくれなくて大丈夫。でも、あいつが酒場で密談でもしてるときに、事前に捕まえてくれたら一番安心なんだけど」


 ヴィッレは、盛大なため息をついてみせる。


「それなぁ。実は、すでに試した。でも、勘づかれて、最近は酒場に来なくなった」

「ああ、いかにもサムエルらしい。逃げるのは得意だからねぇ」


 聞いた瞬間、納得した。ある意味、期待を裏切らない。サムエルらしい行動パターンだ。


「ありがとう。警戒するよ。うちの家族たちにも、話しておく」


 エイナルは、壁に目をやる。


 最近そこに、大きな木のボードを作って取り付けた。自分が描いたスケッチが並べて飾ってある。コハルが貼りたがったのだ。

 彼女が特に気に入ってくれた絵が、どんどん足されていく。いまやボードはとてもにぎやかだ。

 毎日の小さな思い出の絵が、増えていく。


 コハルもレンも、タネリとトピも、マッティとリュッカもいる。


 みんな、エイナルの大事な家族だ。去年の今ごろは、エイナルは両親を亡くして、タネリとトピしかいなかった。それがいまや、こんなに増えた。


 守りたいものがいる。

 だからエイナルは、王都にいた時より、はるかに強い。


「家族ねぇ」


 急に顔をにやりと崩して、ヴィッレが1枚のスケッチに指を向けた。そこにはコハルが笑っている。エイナルのお気に入りの一枚だ。


「んで?いつ本当に家族になるの?そーんなかわいい絵を描いちゃって。大好きすぎるだろ」

「結婚式には呼んでくれるんだよな?」


 ふたりして、ニチャニチャと愉快そうに口を歪めている。


「あーの朴念仁(ぼくねんじん)のエイナルが、あーんなとろけた顔するとか、たしかにヴィッレの予言のとおりだったな!」

「だろ!絶対好みのタイプだと思ったんだよー。俺に感謝してくれていいからな」


 追い詰められたエイナルは、天を仰いで思わずむせた。何も飲んでもいないのに。


「ま、まだそこまでは」

「ほーん?考えてないとは言わせないぜ?俺の嫁絶対守る宣言、沿岸警備隊で知らないヤツいないから」

「うちの家政婦長、いそいそと花嫁衣装のいい生地探しはじめてるからなー?」


 そのとき、居間のドアが開いた。

 ロープ巻きから戻ってきたヘルッコが、エイナルの顔を見るなり仰天する。


「お前、どんだけ酒飲んだんだよ?!そんなに顔が赤くなるとか、見たことねぇよ!」

「……」


 自分だって、こんなに赤くなったことなんてないよ!

 エイナルは目の前のビール瓶を引っつかむと、一気に底まで飲み干した。




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