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灯台守の十二か月〜いけにえ少女と最果てスローライフ  作者: コイシ直
第9章 12月 家族とだんらん〜雪かき

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(9-2)

 

「それでさ、修理し終わったとたんにヴィッレが『この舟浮かべてみたい』ってギャンギャンいうもんでな。3人で何とか湖まで運んでいったんだけど」

「それでそれで?」


 レンが身を乗り出して目を輝かせている。

 予定どおり、お客さんたちを迎え、6人のにぎやかな夕飯だった。 


 すでにあらかた食べ終えて、イストとヴィッレは酒を飲み始めている。


 エイナルとイストとヴィッレは幼なじみだ。昔は3人でよくつるんでいた。

 今は灯台守と沿岸警備隊員と次期領主、という立場の違いはある。けれど、仕事を離れたこの場では、いまだにお互い遠慮がない。やんちゃな思い出話が沸いて出る。


 ソファーに座ったイストはジャーキーを齧りながら、食卓にいるエイナルをあごで指し示す。


「3人乗ったらもうギリギリの舟なわけ。特にエイナルは昔から体がでかかったからさ」

「何言ってるの。どう考えても、10歳の俺より13歳のイストの方が大きかっただろ」

「んなことねぇよ。お前の方がでかかった。熊みたいだった。なあヴィッレ?」

「かよわい8歳の美少年の俺からしたら、ふたりとも似たり寄ったりの熊だったぞ? ガキ大将のイストのほうが偉そうだったから、でかく見えたかも」

「んだとぉ? ちびのヴィッレが生意気な」


 肩をそびやかしたイストが、向かいのカウチに座ったヴィッレのグラスにビールを注ぐ。自分のグラスにも勢いよく注いで、ぐいっとあおった。


 もちろんエイナルもその昔話の当事者だったから、話の結末を知っている。懐かしく思い起こす。


 ある夏の嵐のあと、岸辺に漂着した小舟を拾ったときの話だ。


 ぼろぼろになって打ち捨てられた舟だった。3人の少年たちは、ぐるぐると舟の周りを歩きながら、たいそうな宝を見つけた気持ちになった。

 それで大興奮しながら、決めたのだ。

 こっそり修理して俺たちだけの秘密の舟にしよう!


 家から工具を勝手に持ち出して、自分たちなりに穴をふさいで乾かした。

 親の目を盗んでかっぱらってきたペンキとニスを塗りたくって、見た目はそれなりにかっこよくなった。


 いまでもよく覚えている。

 真っ黒で、白いラインが横に一本入っていた。日の光に黒光りして、どこまでも勇敢に進んで行けそうな気がした。


 陸の上で、3人ぎゅうぎゅうに詰まって乗るだけでもワクワクしたし、そこで隠し持ってきたおやつを食べたら、いつもの5倍くらいは特別で美味しかった。


 なんとなく無敵な気分になったエイナルたちは、湖でその舟の進水式をすることにしたのだ。さすがにいきなり海に漕ぎ出す度胸はなかったので。


 そこまで思い出したエイナルは、あ。と慌てた。


 隣に座ったコハルの長いおさげ髪をつんつんと引っ張る。笑いながら話に耳を傾けていたコハルの顔がこちらに向いた。


 その手を取って、手のひらに書いた。


《沈んじゃうんだ》


 え?とコハルが小首を傾げて目を丸くする。


《沈んじゃったんだ、その舟。底から水が入ってきて。あっという間にぶくぶくって》


 書きながら、注意深くコハルの顔を見守る。


 エイナルはもう、コハルが故郷を離れた理由を教えてもらっていた。

 コハルが夜を嫌っていた理由を、知ってしまった。

 聞かせてもらったその夜はショックで、コハルの手を握ったまま、なかなか離せなかった。

 離してしまったら、彼女が消えてしまうような気がして。

 むしろ、とても嬉しそうに笑ったコハルに、何度も頬を撫でて慰められてしまった。

 その夜は、一睡もできなかった。

 

 だから、小舟が沈んでしまった話なんか、できれば聞かせたくない。

 コハルが海で漂流したときのことを思い出して、重ね合わせて怖くなってしまったらどうしよう。


 そればかりが気にかかる。

 幼なじみたちの冒険譚に、レンとヘルッコが楽しそうに口を挟んでいるのが聞こえてくる。けれど、もう内容までは頭に入ってこない。コハルの気持ちばかりが心配で心配で。


 なのに、彼女はくすくす笑いながら手を伸ばした。

 エイナルの眉間に刻まれたしわを、指でむにむにとほぐす。それどころか、


『それで?それでどうなったの?』


 興味しんしんの唇が動く。

 エイナルは、しぶしぶ指先で続きを綴る。


《目の前に、(ます)がいたんだ》


 へ?とコハルの唇から空気が漏れた。つやつやかわいい唇だ。キスしたい。

 そんな衝動を振り払いながら、先を書く。


《舟が沈んじゃって、湖に投げ出されたら、目の前に鱒がいたから、捕んだらなんか獲れた》


 エイナルが、両手で「獲れたぞー」と鱒を高々と掲げた当時のポーズを再現してみせると、ぷっとコハルが吹き出した。


『エイナル、得意そうすぎる。かわいい』


 かわいいのはどう見てもコハルだ。あのときコハルがいたら、美味しい鱒をその場で焼いて食べさせてあげられたのに。育ち盛りのヴィッレとイストにガツガツ食べ尽くされた過去の現実が残念すぎる。


 エイナルは、せめて両手のなかの幻の鱒を、はい、とコハルに渡すふりをした。コハルは、はい、と受け取って、鱒が腕の中で暴れたようなふりをした。


 ふふ、とお互い同じタイミングで笑い出してしまう。


「お前たち、ほんと仲良しだな」


 ソファーのヘルッコが、ニヤニヤとこっちを見ている。ヴィッレとイストは、ニッタニタとこっちを見ている。ふたりのその勝ち誇ったような笑いはいったい何なのか。


「気づくとこのふたり、いっつもこんなふうなんだよ!さすがに僕、かわいそうすぎない?!」


 食卓の向かいにすわったレンが頬杖をついて、おおいにボヤいた。肩をすくめながら、ヘルッコは立ち上がる。


「妬むな妬むな。レンも大好きな彼女に振り向いてもらえるように早く大きくなりな。さーて、22時のロープ巻きでもしてくるかな」


 それを聞いた瞬間、イストがガツンとコップを机に叩きつけた。元々大柄な軍人だ。それだけの動作で迫力がある。


「何だって?レンって好きな子いるのか?誰だだれだ?うちの娘じゃダメなのかよ?!」


 さらに食いつくように尋ねる様子は、かなり圧迫感がある。ソファーから多少離れた食卓に座っていても、レンは思わずのけぞった。


「何言ってんの!イストの娘ってまだ4歳でしょ!」


 この間、新しくできたカレー食堂に集合して、みんなでランチを食べたのだ。イストの一家も来た。

 初めてレンを見たイストの小さな娘は「おうじさま!」と叫ぶなりすっかり白銀の少年を気に入って、隣に座って離れなかったのだ。


 そのときのレンは面白かった。

 隣にぴったりくっついて話しかけてくる小さな体にびくびくしながらも、

「イーダちゃん4さい!レンちゃんなんさい?ごしゅみは?」

「……13歳。ブラッシング。」

 とちゃんと受け答えをして、

「お口をふいて!」

 と堂々と要求する小さなお姫さまのカレーまみれの口を、びくびくしながら拭いてあげていた。


「レン、やっぱり押しの強い子に弱いんだな……」


 思い出して、ぼそぼそ口の中でつぶやくと、ぷふっとコハルが我慢できずに笑いこぼした。


「何?なんか文句ある?」


 じろっとレンに睨みつけられて、エイナルは何でもないようにしれっと返した。


「ほら、レンもそろそろ寝た方がいい。よく寝たらもっと背が伸びるよ」

「ほんと?よし、今すぐ寝る。絶対あいつよりデカくなってやる」

「あいつって、もしかしてレンの好きな女の子の彼氏君?背が高いの?しかもレンが負けるってことは、もしかして相当の男前?」

「なーんだ!レンは片思いか!じゃ、うちのイーダにもまだ勝ち目があるかもしんねぇな!」

「やめて!みんなして僕の傷口をぐりぐり(えぐ)らないで!」


 ぷりぷりしながらレンが立ち上がる。コハルも立ち上がって、レンの頭をよしよしと撫でた。その唇が音なく元気に慰める。


『レン、かわいい。大丈夫!』

「やめてー、もう慰めなくていいからー」


 レンが情けない声をあげて、ヴィッレたちがゲラゲラ笑っている。


「あ、コハルももう寝る?」


 うなずくのを確かめて、エイナルも立ち上がった。

 お休みのキスがしたい。でも、この幼なじみたちの前では絶対にしたくない。


「なんだよ、エイナルまで寝ちゃうつもりじゃないだろうね?」


 ヴィッレが呆れたように腕を組むから、エイナルは眉を跳ね上げた。


「違う、追加の酒を取ってくるだけ。ビールでいいか?」

「芋の蒸留酒!」

「お前さんさぁ、それで夏祭りの時に潰れただろうが」

「今日は潰れない!大丈夫!」

「どうだかねぇ」

「確かめてみろよ。話したいことも残ってるし、ちゃんと戻ってこいよ」

「はいはい」


 エイナルは肩をすくめて、コハルとレンの肩を押して居間を出た。

 ヴィッレの話したいことは、なんとなく見当がついている。


 でもそれより何より、コハルにお休みのキスをするのが最優先だ!




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