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灯台守の十二か月〜いけにえ少女と最果てスローライフ  作者: コイシ直
第9章 12月 家族とだんらん〜雪かき

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(9-1)

 

 11月を過ぎると、極端に日が短くなっていく。


 12月に入ったばかりの今では、午前のお茶の時間が過ぎたあたりでようやく太陽が登り始め、午後のお茶の時間を過ぎたあたりでもう沈んでしまう。


「だからこの時期の太陽は、お茶菓子好きの太陽さん、って言われてるんだ」


 完璧に防寒具を着込みながら、エイナルは笑う。


「そのうちますます日が短くなって、お昼前後にしか姿をあらわさなくなるから、ランチ大好き太陽さん、って言われるようになる。あ、レン、ちゃんと鼻まで隠れるようにマフラー巻いて」

「いいじゃん、どうせ雪かきしてたら暑くなるし」

「だめ。最初は巻いて。いきなり肺に冷たい空気をいれると体に悪い。帽子もちゃんと耳までかぶって。油断すると凍傷になる」

「……わかった」


 もぞもぞとマフラーを巻き直すレンの隣で、コハルもしっかりマフラーを巻く。


 最近の晴天の日は本当に気まぐれで、2、3日に一度しかない。

 だから、日光を浴びられる機会は逃せない。なるべくみんなでいちどは外に出て、雪かきをする。


 屋根から落ちた雪で、玄関先が埋もれてしまう時もある。

 家から草原を抜ける道も、気を抜くとふかふかの新雪で埋もれてしまう。

 こまめに雪をのぞき、踏み固める作業が必要なのだ。


 ちなみに街には、雪かきを専門に働く人たちもいる。たいてい、夏の間は農家をしている人たちだ。


 いつも灯台の手伝いをしてくれているヘルッコも、今の時期は雪かき人をしている。

 街から灯台へと登る道をきれいにしてくれながら、いつもどおり週に2回は灯台に来て、ロープ巻きをする。

 この時期は夜道を帰るのも危ないから、昼に来て、一晩泊まって朝のロープ巻きまでして、昼に帰っていく。


 ヘルッコと同じタイミングで、街から食料配達のトナカイ便のソリもやってくる。肉やらミルクやチーズ、卵などを積んできてくれる。

 ついでに領主館からの差し入れ料理なども持ってくるから、その夜はごちそうだ。


 まさに今日がその日だった。しかも、夕飯の時間からお客さんたちもやってくる。

 それまでにうんと働いて、うんとお腹を空かせておかないと!


 コハルは張り切ってドアを開ける。目を細めながら、外に出る。


 雪の昼間は、とても明るい。

 雪原が日の光を反射して、目に染みるほど白々とまばゆく光る。


 地上の雪が明るいからだろうか。冬の空は、ぼんやり淡くて遠い。だからよけいに、雪原の強い輝きに吸い込まれそうな気持ちになる。


 そして、とても静かだ。雪が音を吸い込んで、しんと痛いほど冷たく張り詰めた空気が広がっている。


 コハルはこれまで、雪を見たことがなかった。

 だからいつもドアを開けた瞬間、一面の白に心を奪われてしまう。


 そのコハルの横を、タネリとトピが走り抜けていく。昨日の夜のやわらかな粉雪にまみれながら、お構いなしに突き進む。

 昨日は天気が荒れて、2匹は外に出られなかった。分厚い冬の毛皮に守られながら、ありあまった元気を炸裂させて、雪を蹴ちらし遊び始める。こうなってくると、しばらく誰にも止められない。


「トピもタネリも元気だなぁ」

「さっむ!」


 エイナルとレンが口々にいいながら、家の裏手から雪かき道具を持ち出してきて、手慣れた作業を始めた。

 今使っているのは、ソリ型の大型シャベルだ。両手で押せるようにパイプの持ち手がついていて、一気に大量の雪を集めることができる。

 さらさらの粉雪をそこに乗せては、ふぁさりと傍に積んでいく。


 コハルも箒を手にすると、玄関ポーチの雪を払いはじめた。

 それから、雪かきスコップと箒で、家の周囲も掃除する。


 雪は本当にきれいだ。

 冷たくて白くて、体に触れるだけで儚く溶ける。こんな美しいものが毎日のように降ってくるのが、いまだに信じられない。


「毎年こんな雪だと、さすがに飽きるよ?」


 そうエイナルは笑っていたけれど、コハルは一生飽きない自信がある。


 風で二重窓の外側に張り付いた雪の結晶を見ているだけでも、ずっと過ごしていられる。

 ひとつひとつ結晶の形が違うなんて、初めて見るまで知らなかった。


 まるで冬の神様がプレゼントしてくれた、とびきりの宝物だ。


 一粒ひと粒、形の違う雪が天から降ってくる。

 なんて素敵で、なんて不思議なんだろう。無限に見ていたい。


 さらさら舞いあがる足元の雪を見ながら、コハルは毎日ここにいられることに感謝する。


 もちろん外はすべて凍りつく寒さだ。

 マフラーから出てくるあたたかく湿った呼吸にも反応して、口元を守る毛糸にきらきらと氷の粒がつく。

 気を抜くと、命ごと凍らせられそうな厳しさがある。


 でも、エイナルの言いつけで何枚も重ね着しているし、エイナルが一緒に選んでくれたトナカイのブーツはあたたかい。

 エイナルがいてくれるなら、真冬だってコハルは無敵だ。


 雪かきをする大きな背中を見る。

 それだけで、胸いっぱいが春みたいにあたたかい。


 前にムツキに、コハルの名前の意味を教えてもらったことを思い出す。

 冬の時期の、春のようなあたたかい日。小さな春で、コハル。

 なら、こんなにあたたかいエイナルは、コハルにとっての小春みたい。

 そう思ったら、なんだかおかしくて、うれしくて、頭のなかまで春がくる。


 せっせと雪かきで体を動かして、すっかり全身ぽかぽかしてきた頃合いで、


「よお、今日も気合いが入ってるな」


 ヘルッコが坂道の下から姿を見せた。大きなカゴを背負っている。


「母ちゃんが作ったミートパイ持ってきた。みんなで食おうぜ」

「よーし!今日の雪かき、おしまい!おつかれさま!」


 エイナルが高らかに宣言して、みんなで家に引っ込んだ。


 コハルは台所に直行して、あらかじめ作っておいた具だくさんのクリームシチューに火を入れ直す。

 オーブンに蒸気を入れて、ミートパイをふっくら温める。

 一つひとつのパイの包みの中に、ひき肉と玉ねぎがぎっしり詰まっている。香り付けのローズマリーが爽やかで、ヘルッコの奥さんの得意料理だ。レンはこれを食べ始めると止まらなくなる。

 10個も持ってきてくれたけれど、確実にこのランチで食べ尽くされてしまうと思う。


『レン、味見する?』


 音を出せずに唇で話しかけて、大皿に盛り付けたミートパイを指さすと、


「もちろん。……うっま!」


 コハルの隣で、レンが片手でパイをつかんでもしゃもしゃ食べた。食べながら、空いている片手で犬猫たちのごはんを準備する。


 黒猫に懐かれてしまったあたりから、自然とレンが動物たちのごはん係を担当してくれるようになった。

 というのも黒猫が、本当にレンを大好きすぎるのだ。


 ごはんの時間はいつもレンに擦り寄って、レンからごはんをもらえないと、いつまでもみいみいと哀しそうに鳴き続ける。

 とうとう根負けした彼は、


「僕がこんなことするなんて、特別なんだからねっ」


 とぶつくさ言いながら、毎日ごはんを手ずから作って出してやるようになり、ついでに毎日後ろにフードのついた洋服ばかり着るようになった。


 そのフードの中が、いまや黒い子猫の定位置だ。いつもレンの体をよじ登ってはフードに入り込み、幸せそうに顔をのぞかせている。


「まるで押しかけ女房だなぁ。レン、意外と押しの強い子に弱いのか」


 と、エイナルは笑いを噛み殺しながらぼそっとつぶやいて、先日、保護者のハーフォードさんにフード猫のスケッチとメモ書きをこっそり送っていた。

「ハーフォードさんなら、この面白さをわかってくれるはず!」とかなんとかいいながら。


 エイナルとハーフォードさんは、すっかり文通友だちみたいになってしまった。

 レンに隠れてレンのかわいい話で盛り上がっては、定期的に素敵なお菓子が送られてくる。


 そんなエイナルの暗躍をまったく知らないレンは、手際よく犬猫ごはんを用意し終わり、一つ目のパイもあっという間に完食する。


「早く食べよ。ますますお腹すいた」


 と、パイの大皿をひょいと持ち上げて、食卓に運んでくれた。

 酢漬けのキャベツとにんじんも食卓に出して、みんなで「いただきます」をして食べ始める。


 灯台の男たちはよく食べる。あっという間に、食卓のものが平らげられていく。


「そういえば、新入りの猫たちの名前、もう決めたのか?」


 パイに豪快に齧り付いて飲みくだしてから、ヘルッコは首を傾げた。たしかに、3日前にその話題になったばかりだ。


「そうだ、レン、その黒い子猫の名前、決めたの?」


 3人の視線が、レンに集中する。


「えぇ、本当に僕が決めるの?!」


 レンはいかにも嫌そうにあごをひいて、顔をしかめた。


 エイナルは、苦笑しながらレンの肩越しに視線を流す。

 今も早々にごはんを完食して満腹になった黒猫が、フードの中ですやすや眠っている。


「だってその子猫、レンが名前決めてくれないと納得しないと思うよ?」

「う……」

「なんかないの?好きな名前とか、好きな女の子の名前とか」


 しれっとエイナルが爆弾発言を混ぜ込んだ。コハルはワクワクしながらレンの顔をじっと見る。


 レンは最近、街で本当にモテモテだ。

 たまに買い物やごはんを食べに一緒に外に出ると、いろんな女の子から声をかけられる。

 そのたびに、ぶっきらぼうでクールな態度を見せているけれど、少なくとも牛乳屋さんのところの娘さんとはそこそこ会話できていたはず!


 コハルたちのあからさまな期待顔にも、めずらしくまったく気づく余裕なく、レンは目を泳がせてためらった。

 その口から、ぽろりと言葉が落ちる。


「マ…マー……マギー?……いやっ、くそっ何言ってんの、違う違うってそうじゃなくて、ええともう!マッティにしよう!マッティ!」


 ひとりでつぶやいて、ひとりで動揺して、ひとりでやけくそになって、ひとりでとうとう叫んでいる。

 その顔が真っ赤っかだ。


「もしかして、マギーってレンの好きな子の名前なのか?ほぉん、本名マーガレットか?」


 ニヤニヤを隠そうともせずに、ヘルッコがずばりと突っ込んだ。


「ち、ちがう……」


 息もたえだえに、レンが首をふる。動揺したまま口走る。


「マーガレットさんはそんなんじゃなくて……」

「そんなんじゃないの?初恋とかじゃないの?」


 エイナルも、面白がって参戦する。


「は、はつこい……」


 言われたレンが、とてつもなく衝撃を受けた顔をした。


「え、あれって初恋なの?うそだぁ、冷やかしてただけで、え、でも、あれ?本当に……?」


 おろおろと口走っている。


『どんな子?かわいい?』


 コハルも身を乗り出して、唇で参戦する。だって、レンが動揺する恋バナとか、面白すぎる!


 ぐったりと、とうとうレンがうなだれた。


「かわいい、けど……7歳違うから……相手にしてもらえない」


 急に素直になった少年に、エイナルは目を見開いた。


「てことは、今、6歳?!」

「ちっがーう!20歳」

「おお、レンは年上好きなのか」

「そんなんじゃない!たまたま年上だっただけ!」

「相手にしてもらえない?」

「……最近、彼氏ができた」

「ああー、それは辛いね」

「僕の方が6年もずっと見てたのに、横からかっさらわれた」

「ああ、それは本当に辛い。え、もしかして、それで病気になって、こっちに療養にきた、とか?」

「ちっっがーーーーー……わないのか?ある意味……いや、違う!絶対違う!」

「なんだか大変だね?」

「そう、大変だったんだよ」


 13歳とは思えない、渋くて重いため息が漏れた。

 隣に座っていたヘルッコが、ぽん、とその肩を叩いた。


「レン」

「なんだよ」

「あと5年もしたら、一緒に酒飲もうな。詳細はそのときに聞くわ」


 くっと喉を鳴らして、レンが言葉に詰まった。


「……おばさんのミートパイがついてくるなら、考えないことも、ない」

「そりゃ保証するわ!焼きたての美味いの食わしてやるよ!」


 だからとりあえず、今はほらこれを食え!と、ヘルッコが追加のミートパイをレンに手渡す。

 レンは、もしゃあとそのパイに思いきり齧り付いた。


 コハルは、レンが気軽に過去を話してくれるようになったことが嬉しくて、そしてたぶん彼の思い通りにならなかった過去が切なくて、レンのシチューの皿におかわりをたっぷりとそそいだ。

 彼の好きな鶏肉を多めに入れて。


「……ありがとう」


 小さな声で、レンが言った。




 結局、黒の子猫の名前はマッティに決まった。

 建国伝説に出てくる冬の女神に仕える妖精の名前だ。

 白黒の子猫の名前は、もうひとりの仲間の妖精の名前をもらって、リュッカになった。



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