表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灯台守の十二か月〜いけにえ少女と最果てスローライフ  作者: コイシ直
第7章 10月 コハルの悩み〜初雪

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/47

(7-5)

 

  シャカシャカカ。シャカシャカカ。


 エイナルは、家の外でコーヒー豆を煎り始める。

 沿岸警備隊に顔を出したら、すぐに帰れと言われてしまった。死人みたいな顔をしている、らしい。


 確かにもう、ほぼもう死んでいる気分だ。体の感覚が遠い。

 あきらかに、今朝のコハルとの会話が原因だった。


「帰るコハルを、ちゃんと見送らなきゃ行けない」


 口に出した瞬間、心が深く抉られて、悲鳴を上げたままだ。


 エイナルは、王都でお付き合いの真似ごとみたいなことを、幾度かしたことがある。

 エイナルの淡々とのんびりした様子に、すぐに女の子の方が飽きて苛立って、あっという間に去っていった。


「君の幸せを祈るよ」


 何回言ったことか。何度見送ったことか。

 今回も、同じように幸せを祈れる……はずがなかった!祈ろうとした瞬間に、もう死にそうだ。


 コハルに行ってほしくない。

 でも、ハクチョウを眺めるコハルの遠い目も思い出す。

 とたんに、エイナルの心が凍る。


 あのムツキという男がコハルを特別な目で見ていることには、最初から気づいていた。


 サムエルから殴られたときの野次馬の中に、ムツキがいるのにも気づいていた。

 ムツキは、殴られるエイナルには目もくれず、コハルだけを見ていた。うっとりと、熱に浮かされた目で。


 だから、思いっきり牽制(けんせい)した、つもりだった。

 ちっとも効いていなくてびっくりだ。

 サムエル並みに、へなちょこパンチをかました気分だ。最悪だ。


 あの男がコハルのそばにいるかと思うと落ち着かなくて、コハルを独占したくて、どんどん触れることを止められなくなった。


 コハルも、恥ずかしそうにしながら、嫌がらなかった。気持ちが伝わっているような気がしていた。


 でも、コハルの故郷とエイナルと、どちらが大事かなんて格好悪いこと、聞けるわけがない。あんな目で想っていた故郷は大事に決まってる。


 泣きそうな気分で、エイナルは豆の入った鍋を振る。

 シャカシャカカ。シャカシャカカ。

 無心になりたくて振る。無心になれないことも分かっている。


 そうこうしているうちに、煎り上がってしまった。


 ざらざらと瓶に流し込んで、次の豆を煎り始める。

 雪が積もると、外で煮炊きが出来なくなる。

 今のうちに、冬に飲むコーヒーをたんまり煎っておかないといけない。煎ってから時間が経つと味が落ちるけれど、しかたない。


 コハルとエイナルのふたり分だから、たくさん用意しないと。レンも、コーヒーをそのうち飲めるようになるかもしれないし。


 自然とそう考えて、また心が凍る。

 ひとり分だけで、よくなってしまうかも、しれないのだった。


 考えるな。考えるな。

 ひたすら念じる。コーヒー豆を入れた鍋をゆすり続ける。


 ふと、顔をあげて、いまはすっかり枯野になった草原の向こうを見る。


 コハルが立っていた。

 紺色のケープだ。初めて会った時のケープだ、と思った。


 あのときは、妖精かと思った。

 今は、コハルだ。

 エイナルの大事で大事で、大事すぎてどうしたらいいのかわからないコハルだ。


「コハル、どうしたの?」


 彼女の顔色の悪さに、エイナルは慌てふためいた。


 自分の顔色の悪さも忘れて、コーヒー豆の鍋を放り出して、コハルに駆け寄る。

 コハルもこちらに駆けてくる。


 エイナルの両腕をつかむなり、彼女は何かを言った。口をパクパクさせている。でも、音が出ない。


 コハルは、喉をおさえて慌てた顔をした。

 何度か口を動かして、まったく声が出ないことを確かめる。エイナルの手をつかんで、手のひらに指で文字を書いてみせた。


「ち ょ っ と ま っ て て」


 細い指が文字を綴るスピードに合わせて、ひとことずつゆっくり読み上げる。


「ちょっと待ってて?」


 コハルはうんうんと勢いよくうなずくと、全速力で家に駆けていく。しばらくして戻ってきたその手には、石板と石筆があった。そういえば、コハルがうまく話せなかったころ、この道具にはとってもお世話になった。


 コハルは少し考えて、丁寧に文字を書いた。


《声が出ないから、これに書くね》


「声が出ない?!」


 エイナルは青ざめた。


「病院行こう!このへんでは、どこだ、誰だ、誰がいい……えっと、そうだ!沿岸警備隊の軍医に見てもらおう!」


 狼狽(ろうばい)しきったエイナルを見ながら、コハルの顔色はかえって良くなってきた。ふふふっと声なく息だけで笑い始める。

 軽やかに、石筆が走る。


《慌てるエイナル、めずらしい!》

「そりゃ慌てるよ!喉痛いの?咳が出る?」

《全然ない。あとでハチミツでもなめたら治るよきっと》


 のどかにふふふと漏らしながら書くコハルを見て、エイナルは脱力した。のんきすぎる。でも、かわいい。


「ハチミツたっぷり入れたホットミルクでも作ろうか」

《レンの分もね!》

「ああ、あの子、大好きだもんね」


 コハルの書いた文字と、エイナルの返事で、いつもどおりに会話がはずむ。


 こんなの、無理に決まってる、と、エイナルは思った。

 こんなに何をしてても楽しくて愛おしい子、手放すなんて無理すぎる。


「コハル、帰らないで」


 希望が口から転がり落ちた。

 それがエイナルの自分勝手な希望だと分かっていても、故郷に帰せるはずがない。


「勝手な俺の希望を押し付けてごめん。でも、コハルに帰ってほしくない」


 コハルの顔が、ぽかんとした。

 口をパクパクと開ける。それから、慌てて乱れた字で、石板に書いた。


《帰らないよ!》


 エイナルは、何度もその文字を読んだ。読んで、読んで、読んだ。

 消えない。


「……本当に?」

《本当だよ!最初から、帰るつもり全然なかった!》


 コハルが急いで文字を書く。ちょっと震えた文字をまた眺める。まじまじ眺める。

 この形、一生忘れられそうにない。


「でも、故郷は、大事でしょ?」

《エイナルのほうが大事》


 コハルはちょっとためらって、さらに書いた。


《エイナルが大好き》


「大好き……」


 エイナルは、ぼうぜんと読み上げた。

 コハルは真っ赤になって、慌てて手のひらで文字を消そうとする。


「ダメ!消しちゃダメだ!絶対ダメだ!」


 とっさに宣言して、コハルの手の届かないところに石板を持ち上げた。


 コハルはぴょんぴょん飛び上がって、石板を取り戻そうと必死だ。ぐうの音もでないくらいかわいい。


「コハルさん、確認です」


 コハルはぴたっと止まる。


「コハルさんは、ムツキと故郷に帰る気がありません。合ってる?」


 コハルはうなずいた。


「コハルは、俺のことが大好きです」


 真っ赤になって、うつむいた。


「コハルは、俺がコハルのことを大好きで大好きで大好きだって、知ってる?」


 ばっと赤い顔が上がる。思いっきり、首をぶんぶん横に振られる。


「コハルは、俺とこれからもずっと一緒にいてくれる。それでもいい?」


 コハルは、泣き笑いの顔で、何度も何度もうなずいた。

 エイナルの手を引っつかんで、手のひらに指文字を書く。読み上げる。


「一緒にいたい。だから……石板返して?」


 涙目で、コハルがエイナルを見上げている。


 エイナルは、コハルが文字を書いてくれた手で、彼女の体を抱き寄せた。片手で石板を持ち上げたまま。これで絶対に、とられない!


「いやだ!返さない!これ、俺の宝物にする!」


 大声で叫んで、ぎゅうぎゅうとコハルを腕の中に閉じ込める。


 いつのまにか薄曇りの空から、パラパラと雪の結晶が舞い始める。

 初雪にすっかり気づかずに、エイナルはいつまでもコハルを抱きしめた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ