(7-3)
「で?何?いきなりプロポーズされて、動揺して泣いたの?何それ。コハル、そいつのこと好きなの?好きじゃなかったらその場で断ればいいだけじゃない」
レンの声がすっかり呆れている。
正論すぎて、ぐうの音も出ない。
家に帰ってすぐ、レンに全部聞いてもらった。コハルが故郷を離れることになった経緯も含めて全部。
8つに切り分けた大きなアップルパイと煮出したミルクティーを並べて、食卓で話し込んでいる。
エイナルは今日は沿岸警備隊に出向いている。帰りは遅くなるらしい。
コハルはうなだれながら、何とか言葉を押し出した。
「でも、天気を読める力、たぶん故郷の儀式のあとで使えるようになったから……。故郷のための力なのかもしれないと思ったら……」
「あのさ」
しかたなさそうに、レンがため息をつく。
「僕にも力があるって言ったでしょ」
ぱちん、と、指を鳴らす。
とたんにティーポットがふわりと浮かび上がり、コハルのカップにおかわりを注ぐ。
レンのカップにも同じことをしてから、ポットは元のテーブルの位置に戻る。何事もなかったかのように、動かなくなった。
「レ、レン!」
「……なんだよ」
「めっっっっっちゃカッコいい!!!」
とたんにレンの顔がぶわりと赤くなる。
「すごい!かっこいい!魔法使いみたい!かっこいい!」
「いや、『みたい』じゃなくてさ」
「魔法すごい!かっこいい!」
「いや、だから、かっこいい!じゃなくてさ!コハルにもあるって言ってんの、この力!だからかっこいいとかじゃないんだってば!」
焦った早口で言うと、レンは目を閉じて、ふうと呼吸を整える。
それから、真剣な顔で言った。
「僕のこの力は、誰のための力でもないよ。自分の身を守るための力だ。本来は」
「……誰の、ためでもない……?」
すうっと、レンの顔から、表情が消えた。
淡々と、美しい人形のような顔で、言葉を紡ぐ。
「そう。僕は小さい頃に誘拐された。そのときに、魔術の能力が発現した。たぶん、父さんのもとから無理やり引き離されて、怖くて怖くて、身を守ろうとして強い力が吹き出したんだと思う」
「怖くて怖くて……」
澄んだブルーグリーンの瞳が、コハルの過去まで見通すように、こちらを向いている。
「コハルだって、無力な子どもがいきなり舟で海に流されて、怖くなかったはずがない。身を守ろうと本能が働いたはずだよ。それに、ずっと天気が良いまま漂流したんでしょ? コハルの力が極限の状況で発現したからじゃないかな」
「おぼえて、ない」
「いいよ、思い出さなくて。そんなろくでもない記憶、忘れておいた方がいい」
あっさりと切り捨てて、レンは肩をすくめた。
急に人間くさい、皮肉な表情になる。
「まぁ、だから、要はその力は、コハルの身を守るための力だ。誰かに利用される必要はない」
コハルはレンの言葉を胸の中で咀嚼する。
よくわからない、ことがある。
今までは、よくわからないことは、よくわからないままで諦めた。
だけど、今は、知りたい。
自分を知るのは、怖い。
だけど、知らずに流されるのが、今はもっと怖い。
コハルはレンの目を、しっかりと見返した。
「あのね、わからないの。なんで、自分がこんな力を持つ役割に選ばれたのか……」
「あー、それね」
レンは苦笑いする。
「単なる血筋のせいだと思うよ。この力は、血の中に受け継がれる。コハルの家は、魔力を使える人間が出やすい家系なんじゃないかな。今回はたまたまコハルが選ばれたけれど、もし、きょうだいがいるなら、その人も同じような魔力を持っている可能性がある」
コハルは、ぼうぜんとする。
自分が選ばれたのではなく、自分の家の子だったら、誰でもよかったのか。
コハルは、きょうだいの末の子だった。
要は、流されても、別にかまわない子だったのか。
「コハルの村はさ、コハルみたいな力を持つ人間が確かに欲しかったんだ。そして、舟に乗せて極限の恐怖を与えればよいことを、経験的に知っていた」
レンは少し上に視線をやって、考えながらゆっくりと言葉を探す。
「潮の流れによっては……舟が島に自然と戻ってくる場合もあったのかも。もしくは、捜索の船を出して拾いにいくのかな。……とにかくそうやって、定期的にコハルの家の子どもを、いけにえにしてたんだと、僕は思う」
レンの言葉が、静かに心に落ちる。
そうだろうな、と思った。
「もしそれで、見つからなくても、役立たずの子どもがひとり、海でしぬだけ」
コハルは小さくつぶやいた。
涙は出ない。こんなことでは泣かない。
レンはうなずくこともなく、ただ、言葉を続けた。
「コハルだって修業したら、たぶん天気関係以外でも力を使うことができる。希望するなら、ハーフォードに相談できるよ。ただし、訓練でカンティフラスに行くことになる」
レンは、机の上に広げた地図を見る。ムツキの地図だ。
この国から離れた下の方にある場所を、とん、っと指で突いた。
「ここがカンティフラス」
「……遠そう」
「遠いね。で、コハルはどうしたいの?」
思いもよらない新たな選択肢まで与えられて、コハルは息をのむ。
今まで、流されてきた。
自分で、決めたことがない。
自分で、決めていいんだろうか。
「コハルがどうしたいのか、じっくり考えてみたらいいよ。何を一番大切にしたいのか。あ、ただね。完全に力が使えるようになったら、すごくエネルギーが必要になるから、お腹が空くよ。食費が馬鹿にならないから、オススメできないかも?」
レンは軽やかに言いながら、4つめのアップルパイに手を伸ばした。
その夜遅く、エイナルが少し疲れた顔で帰ってきた。
出来上がった外套を見たがるから、エイナルの前で着てみせる。レンは面倒くさがって、とっとと自分の部屋に逃げている。
コハルの外套は、鮮やかな紺色の極厚のウール地に、腰に赤の刺繍帯。手首と膝丈にも同じ赤地の布が付いていて、クリーム色の糸で模様が刺繍されている。
靴はトナカイの皮でつくられていて、もこもこと丸い形だ。
「いいね!」
エイナルは満面の笑顔になって、コハルの手を引いた。ソファーに並んで腰掛ける。
手を離さないまま、まじまじとコハルの外套を眺めている。
あの船の座礁の日から、エイナルはよくコハルに触れてくるようになった。
忙しく、疲れた顔で帰ってきては、
「ただいま」
とふんわり抱きしめて、幸せそうにため息をつく。
今だって、ためらいなく繋いだ大きな手から、あたたかい安心感が流れ込んでくるみたいだ。
つめたく冷え込んだ心が、あっという間にほどけていく。
ぽろっと言葉がこぼれ落ちた。
「この外套みたいな刺繍、自分で刺す人もたくさんいるんでしょ?服屋の奥さんが教えてくれた」
「そうだね。冬の間は家の中にいる時間が増えるからね。うちの母さんもせっせと刺してたな」
「自分でもやってみたい。来年の、服」
「いいね!来年が楽しみだね」
——来年も、その先も、ここにいても、いい?
その言葉を言う勇気がほしい。
コハルはエイナルの手を、ただ、小さく握り返した。
この手を、離したくない。
この日常を、壊されたくない。
守れるだろうか、自分に。
運命みたいなふりをした怖い何かに押し流されず、自分の意志で。
だって、エイナルが、大好きだから。




