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灯台守の十二か月〜いけにえ少女と最果てスローライフ  作者: コイシ直
第7章 10月 コハルの悩み〜初雪

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(7-3)

 

「で?何?いきなりプロポーズされて、動揺して泣いたの?何それ。コハル、そいつのこと好きなの?好きじゃなかったらその場で断ればいいだけじゃない」


 レンの声がすっかり呆れている。

 正論すぎて、ぐうの音も出ない。


 家に帰ってすぐ、レンに全部聞いてもらった。コハルが故郷を離れることになった経緯も含めて全部。


 8つに切り分けた大きなアップルパイと煮出したミルクティーを並べて、食卓で話し込んでいる。

 エイナルは今日は沿岸警備隊に出向いている。帰りは遅くなるらしい。


 コハルはうなだれながら、何とか言葉を押し出した。


「でも、天気を読める力、たぶん故郷の儀式のあとで使えるようになったから……。故郷のための力なのかもしれないと思ったら……」

「あのさ」


 しかたなさそうに、レンがため息をつく。


「僕にも力があるって言ったでしょ」


 ぱちん、と、指を鳴らす。

 とたんにティーポットがふわりと浮かび上がり、コハルのカップにおかわりを注ぐ。

 レンのカップにも同じことをしてから、ポットは元のテーブルの位置に戻る。何事もなかったかのように、動かなくなった。


「レ、レン!」

「……なんだよ」

「めっっっっっちゃカッコいい!!!」


 とたんにレンの顔がぶわりと赤くなる。


「すごい!かっこいい!魔法使いみたい!かっこいい!」

「いや、『みたい』じゃなくてさ」

「魔法すごい!かっこいい!」

「いや、だから、かっこいい!じゃなくてさ!コハルにもあるって言ってんの、この力!だからかっこいいとかじゃないんだってば!」


 焦った早口で言うと、レンは目を閉じて、ふうと呼吸を整える。

 それから、真剣な顔で言った。


「僕のこの力は、誰のための力でもないよ。自分の身を守るための力だ。本来は」

「……誰の、ためでもない……?」


 すうっと、レンの顔から、表情が消えた。

 淡々と、美しい人形のような顔で、言葉を紡ぐ。


「そう。僕は小さい頃に誘拐された。そのときに、魔術の能力が発現した。たぶん、父さんのもとから無理やり引き離されて、怖くて怖くて、身を守ろうとして強い力が吹き出したんだと思う」

「怖くて怖くて……」


 澄んだブルーグリーンの瞳が、コハルの過去まで見通すように、こちらを向いている。


「コハルだって、無力な子どもがいきなり舟で海に流されて、怖くなかったはずがない。身を守ろうと本能が働いたはずだよ。それに、ずっと天気が良いまま漂流したんでしょ? コハルの力が極限の状況で発現したからじゃないかな」

「おぼえて、ない」

「いいよ、思い出さなくて。そんなろくでもない記憶、忘れておいた方がいい」


 あっさりと切り捨てて、レンは肩をすくめた。

 急に人間くさい、皮肉な表情になる。


「まぁ、だから、要はその力は、コハルの身を守るための力だ。誰かに利用される必要はない」


 コハルはレンの言葉を胸の中で咀嚼(そしゃく)する。


 よくわからない、ことがある。

 今までは、よくわからないことは、よくわからないままで諦めた。

 だけど、今は、知りたい。

 自分を知るのは、怖い。

 だけど、知らずに流されるのが、今はもっと怖い。


 コハルはレンの目を、しっかりと見返した。


「あのね、わからないの。なんで、自分がこんな力を持つ役割に選ばれたのか……」

「あー、それね」


 レンは苦笑いする。


「単なる血筋のせいだと思うよ。この力は、血の中に受け継がれる。コハルの家は、魔力を使える人間が出やすい家系なんじゃないかな。今回はたまたまコハルが選ばれたけれど、もし、きょうだいがいるなら、その人も同じような魔力を持っている可能性がある」


 コハルは、ぼうぜんとする。


 自分が選ばれたのではなく、自分の家の子だったら、誰でもよかったのか。

 コハルは、きょうだいの末の子だった。

 要は、流されても、別にかまわない子だったのか。


「コハルの村はさ、コハルみたいな力を持つ人間が確かに欲しかったんだ。そして、舟に乗せて極限の恐怖を与えればよいことを、経験的に知っていた」


 レンは少し上に視線をやって、考えながらゆっくりと言葉を探す。


「潮の流れによっては……舟が島に自然と戻ってくる場合もあったのかも。もしくは、捜索の船を出して拾いにいくのかな。……とにかくそうやって、定期的にコハルの家の子どもを、いけにえにしてたんだと、僕は思う」


 レンの言葉が、静かに心に落ちる。

 そうだろうな、と思った。


「もしそれで、見つからなくても、役立たずの子どもがひとり、海でしぬだけ」


 コハルは小さくつぶやいた。

 涙は出ない。こんなことでは泣かない。


 レンはうなずくこともなく、ただ、言葉を続けた。


「コハルだって修業したら、たぶん天気関係以外でも力を使うことができる。希望するなら、ハーフォードに相談できるよ。ただし、訓練でカンティフラスに行くことになる」


 レンは、机の上に広げた地図を見る。ムツキの地図だ。

 この国から離れた下の方にある場所を、とん、っと指で突いた。


「ここがカンティフラス」

「……遠そう」

「遠いね。で、コハルはどうしたいの?」


 思いもよらない新たな選択肢まで与えられて、コハルは息をのむ。


 今まで、流されてきた。

 自分で、決めたことがない。

 自分で、決めていいんだろうか。


「コハルがどうしたいのか、じっくり考えてみたらいいよ。何を一番大切にしたいのか。あ、ただね。完全に力が使えるようになったら、すごくエネルギーが必要になるから、お腹が空くよ。食費が馬鹿にならないから、オススメできないかも?」


 レンは軽やかに言いながら、4つめのアップルパイに手を伸ばした。




 その夜遅く、エイナルが少し疲れた顔で帰ってきた。


 出来上がった外套(がいとう)を見たがるから、エイナルの前で着てみせる。レンは面倒くさがって、とっとと自分の部屋に逃げている。


 コハルの外套は、鮮やかな紺色の極厚のウール地に、腰に赤の刺繍帯。手首と膝丈にも同じ赤地の布が付いていて、クリーム色の糸で模様が刺繍されている。

 靴はトナカイの皮でつくられていて、もこもこと丸い形だ。


「いいね!」


 エイナルは満面の笑顔になって、コハルの手を引いた。ソファーに並んで腰掛ける。

 手を離さないまま、まじまじとコハルの外套を眺めている。


 あの船の座礁の日から、エイナルはよくコハルに触れてくるようになった。

 忙しく、疲れた顔で帰ってきては、

「ただいま」

 とふんわり抱きしめて、幸せそうにため息をつく。


 今だって、ためらいなく繋いだ大きな手から、あたたかい安心感が流れ込んでくるみたいだ。

 つめたく冷え込んだ心が、あっという間にほどけていく。

 ぽろっと言葉がこぼれ落ちた。


「この外套みたいな刺繍、自分で刺す人もたくさんいるんでしょ?服屋の奥さんが教えてくれた」

「そうだね。冬の間は家の中にいる時間が増えるからね。うちの母さんもせっせと刺してたな」

「自分でもやってみたい。来年の、服」

「いいね!来年が楽しみだね」


 ——来年も、その先も、ここにいても、いい?


 その言葉を言う勇気がほしい。


 コハルはエイナルの手を、ただ、小さく握り返した。


 この手を、離したくない。

 この日常を、壊されたくない。

 守れるだろうか、自分に。

 運命みたいなふりをした怖い何かに押し流されず、自分の意志で。


 だって、エイナルが、大好きだから。



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