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灯台守の十二か月〜いけにえ少女と最果てスローライフ  作者: コイシ直
第6章 9月 波乱〜秋の嵐

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(6-6)

 

 座礁船からの救援要請を受けた庁舎は、ひどく騒然としていた。

 風雨に関わらず、非常事態の鐘の音を聞いたたくさんの人が次々集まってきている。

 入口に着いたとたん、


「コハルちゃん!いいとこ来た!こっち!手伝って!」


 コハルが服屋の奥さんにひっぱられて消えていく。

 小走りになりながら、慌ててこちらを振り返って小さく手を振るコハルが信じられないくらいかわいくて、エイナルもとっさに笑って小さく手を振り返す。


 何だこれ。なんかこう、すっっっごく幸せだな!と沸いた頭をそのままに、1階の小ホールに飛び込んだ。海で問題が起こった時、いつも臨時の対策本部になる部屋だ。


「なんでこんなに人がいる」


 思わず眉をひそめる。

 刻一刻を争う事態だ。ここから出された指示を受けて、救援の手伝いが進む。

 顔を出した後は、いつまでも留まっているべき場所ではない。

 なのに、見たことのないほど、人がたむろしている。


「エイナル、灯台はいいのか?」

「頼りになるやつに預けてきたから大丈夫。で、これは何なの?」


 声をかけてきた知り合いの漁師に、問い返す。

 その間にも、一部の気の立った人間たちが、海軍の軍服を着た男たちに詰め寄っている。役場の人々が、間に立って冷や汗をかいていた。一触即発の不穏な空気でいっぱいだ。


「海軍が使い物にならなくて皆でブチ切れてる」

「え?何で?沿岸警備隊が?でも、エリヤス小隊長、そんな人じゃないでしょ」


 この地域の沿岸警備隊を率いるエリヤスは頼りになる人だ。経験豊富な軍人で、昔から、こういう時は陣頭に立って全体を指揮してくれる。


「それが、エリヤスの親父さん、いねぇんだって。帰ってくるのが明日の船らしい」

「あー、なるほど」


 すべてを飲み込んで、エイナルは苦虫を噛み潰した。

 今、エリアスの補佐をしているのは、サムエルだ。ここに姿が見えないが。


 人の間をすり抜けて、前に近寄っていく。軍服集団の端っこで、顔をこわばらせていた男を引っ張って廊下に連れ出した。子どもの頃の遊び仲間のイストだ。3歳歳上の彼のことはよく知っている。


「イスト、どういうことだ。どうしてサムエルがここにいない? 小隊長不在の場合の指揮権はあいつが持ってるはず」


 ずばりと核心をついたエイナルの質問に、イストは深々と息を吐いた。小声で答える。


「『今、海軍船を出して座礁したらどうする』だってさ」

「は?」

「だから、あの補佐官。『こんな嵐で救助に船を出して何かあったら誰が責任を取るんだ。天候が収まってからの救助と座礁調査でいいはずだ』だって」

「……は? サムエルの船は砂糖かなんかで出来てるのか?どうやったら軍艦がそんな簡単に沈むんだよ。だいたいこの雨、しばらくすれば小降りになるだろ。今から準備しなくてどうする」

「頭の中までこってこての砂糖菓子なんだろうさ」


 言いながら、イストはギリと奥歯を噛み締めた。

 地元の人間は、今やるべきことがわかっている。

 詰め寄られている海軍の軍人たちだって、船を出したい。今頃、沿岸警備隊の基地では救援準備が進められているはずだ。出航許可さえ出ればいい。


 わかっていないのは、あいつだけだ。

 エイナルは、低くうなった。冷静を心に念じながら、問いかける。


「この寒さと風雨じゃ、乗員の体温が奪われる。命にかかわる危険がある。サムエルは何て言ってるんだ」

「『そんなはずはない、今はまだ9月だ』だとよ。今、ここの3階の出張執務室に引きこもってる。コンラッドさんが説得中だ」

「……わかった」


 ひとつうなずくなり、エイナルは走り出した。

 階段を風の速さで3階まで駆け上がる。


「コンラッドさん」


 頼れる叩き上げ軍人の後ろ姿を廊下に見つけ、大声で呼びかける。

 コンラッドは父の友人だ。子どもの頃、エイナルに船の動かし方を教えてくれた師匠でもある。この辺りの海のことは知り尽くしているベテランだ。


「サムエル、まだ動きませんか」


 エイナルを見たコンラッドはその無骨な顔に一瞬驚きを浮かべてから、納得したように小さく何度かうなずいた。


「ああ、そうか。エイナルはサムエル補佐官と同期入隊だったか」

「はい。だからあいつを動かす方法を知ってます。執務室の中に入っても?俺、一応、予備役兵です。それから——」


 エイナルは、コンラッドに自分の作戦を伝える。

 それを聞いた百戦錬磨の軍人は、軽く目を見開いて、笑い出した。


「わかった。その任務、引き受けよう。——そうやって飄々(ひょうひょう)と人を転がすところ、お前の父さんそっくりだな」




 その15分後。

 エイナルはコンラッドとともに、対策本部にいた。


 ますます人数が増えている。

 救援作業が一向に進められずに苛立っていた人たちが、コンラッドが前に立ったとたん、ぴたりと口を閉した。

 ホールが静まり返る。


「混乱を招いて申し訳なかった」


 第一声から、朗々と力強い言葉が響く。


「今回の救援の指揮は、このコンラッド曹長(そうちょう)が預かった。エリヤス小隊長は明朝戻る。それまで一緒に救援活動を支えてほしい。よろしく頼む!」


 コンラッドの人となりと実力は、この街誰もが知っている。

 皆一様に安堵の顔を浮かべ、コンラッドの言葉に耳を傾けている。


「本日これからの活動は、人命救助が最優先となる。沿岸警備隊が乗客員の保護にあたる。自分の船を持つ諸君には、保護後、港まで送り届ける役目をお願いしたい。乗客員は235名。庁舎・宿泊施設・公会堂で受け入れる。宿泊を割り振った上で、場所が足りない場合は、民家での滞在もお願いする。すでに受け入れ表明をしてくれている各家には、心から感謝する。それでは、今回の座礁船を保有しているガイザーブル商会の駐在員からも、詳細の説明を——」


 事態が動き始める。今後の流れがあっという間に固まっていく。さすがはコンラッドだ。

 なりゆきで斜め後ろで話を聞いていたエイナルを、頼れる指揮官は振り返ってニヤリと笑った。


「最後に、今回の救助には、灯台守のエイナルが予備役兵として救援旗艦(きかん)に搭乗する。皆、歓迎してやってくれ」


 軍隊学校の卒業生は、軍を辞めた後も、一定期間は予備役兵の扱いになる。非常事態が起きたときには、兵士として駆り出される。


 とはいえ、なかなかこんなにいきなり現場に放り込まれることはないが。

 だが今回は、エイナルとしても望むところだ。守れるものは、全力で守りたい。


 だから、大きく手を挙げて、少年の頃の自分みたいに、陽気な大声を張り上げた。


「よろしく!体力には自信があるから、遠慮なくこき使ってくれ!こんな時だけど、おっちゃんたちと一緒に海に出られてすっげぇ光栄だ!頑張ろう!」


 集まった人々から「おお!」と(とき)の声が沸く。


「あのやんちゃ坊主が大きくなりやがって!」


 そんな野太い声まで飛んで、どっと笑い声が起こる。

 先ほどまでと打ってかわった高揚と緊張の入り混じった表情で、人々は自分の持ち場に散っていく。


「じゃぁ、さっそく遠慮なくこき使わせてもらおうか」


 ぽん、とコンラッドに肩を叩かれた。

 エイナルの肩に手を置いたまま、彼は苦笑いする。

 

「それにしても補佐官があんな条件で丸め込まれると思わなかった。いいのか、あんなんで」

「いいんじゃないかな、あんなんで」


 ふたりは顔を見合わせる。

 共犯者の笑みを浮かべて、足早に自分たちの船に向かって行った。


 エイナルが、サムエルに持ちかけた条件は、至極簡単なものだった。

 ——コンラッドに指揮権を預ける。

 それだけだ。


 コンラッドは軍隊学校を出ていない。一兵卒から這い上がってきた苦労人だ。

 そんな軍人が出世を望む場合は、いくつかの駐屯地を渡り歩き、功績を上げる必要がある。

 だが彼は生まれ故郷にこだわって、ここをずっと守ってきた。だから、よほどのことがなければ、指揮官にはなれない。


 そんなコンラッドを重用して、手柄を立てさせたらいい。サムエルに感謝することはあっても、決して事態を悪いようにはしないだろう。

 コンラッドの実力は、エイナルが保証する。この海難を収める知識と経験がある。

 それでも心配ならば、エイナルも救助に向かう軍艦に乗る。


 そう言っただけだ。

 それで、ころっとサムエルは転んだ。


 元々、エイナルの軍隊学校の成績は悪くなかった。エリート出世街道の陸軍に行くように勧められてもいた。

 それでも水上警備団を選んだのは、いつかその経験が故郷の役に立つかもしれないと思ったからだ。

 実際、水上での実戦訓練は得意分野だった。


 残念ながら、それをサムエルは知っている。

 だから、あっさり態度を翻した。


 おかげで、救助の船が出る。

 本当に、サムエルには、大いに感謝だ。


 公明正大なエリヤス小隊長は、明朝戻ってくる。

 今日のサムエルの指揮権の放棄は、職務怠慢で大問題になるだろう。

 王都を遠く離れたここは、ごまかしの効かない土地だ。


 それに気づいていないことも含めて。




 それからのエイナルは、自分でもわけがわからなくなるくらい働いた。


 救護対象を全員避難させ、座礁船の内外の様子を記録する。

 港に戻ってからは、避難所の手伝いに駆け回る。

 恐怖に震える乗客たちに笑顔で声をかけて毛布を配り、寒さに震える船員たちから話を聞いて酒を勧める。

 やってもやっても、やることがある。


 我に返った時には、もう、日付が回っていた。


 さすがに、疲れた。

 避難の人々を優先して、そういえば自分はまったく何も口にしていない。夕飯時はとっくに過ぎてしまった。

 炊き出しをしている調理室では、ホットワインの大鍋があった。

 あれを1杯、もらってから、帰ろうかな。


 そう思って、廊下の角を曲がったら、ふらついた。

 目の前にあったベンチに座る。どうやら思った以上にへとへとみたいだ。

 朝から張り詰めていた、気持ちがゆるむ。


 コハルは、ちゃんと、帰れたかな。

 夜道をひとりで帰らせたくない。日が暮れるまでに帰るように言ったけれど、どうだろう。コハルも限界まで働いている気がする。まだ、調理室にいたり、するんだろうか。

 さっき見上げた灯台は、ちゃんと灯火が明るく光っていた。レンは、22時のロープ巻きを完遂してくれている。ちゃんと、あの子たちも、ご飯を食べられたかな。レンが貸してくれたお守りのおかげで、心強かったな。


 そんなことが、とめどもなく浮かんで、でも、なかなか立ち上がれない。

 ますます頭がぼんやりしてきて、このまま少し寝てしまおうかな、と思う。


 体がだるい。でも、なんだか、満ち足りている。

 王都の時の知識と経験は、ちゃんとエイナルの体の中に生きていた。今日、生かせた。行って、よかった。


「エイナル」


 耳元で、コハルの声がした。

 あれ、いつの間に家に帰ってきたのだろう。


「エイナル、起きて。ごはん」


 コハルのごはん、食べたい。いつも、楽しそうに作ってくれるごはん。すごく、すごく、おいしい。

 でも、今は、それより。


 ぼんやりと、目を開ける。頭が働かない。

 目の前に、コハルが立っている。心配そうに、覗き込んでいる。

 そんな顔を、してほしくないなぁ、と思う。

 でも、そんな顔で自分のことを見ていてくれて、うれしい。


 こんな1日の終わりに、コハルがいる。

 なんだか、最高だな。


「俺……がんばった。ごほうびほしい」


 のろのろと、コハルが手に持っている器を取り上げて、自分の横におく。

 トピみたいに、目の前のやわらかい体を抱き上げて、膝の上に乗せた。

 ぎゅう、と抱きしめた。


「はぁ。あったかいな」


 声が漏れる。体からますます力が抜けて、重くなる。


「ほっとする」


 髪に、顔を埋める。いい、匂いがする。


「あの……ここ、廊下だよ?トピじゃないよ?タネリでもないよ?」


 動揺しきった、小さな声がして、エイナルはおかしくなった。


「トピでも、タネリでもないね」


 ふふ、と小さく笑ってしまう。言うことを聞かない腕になんとか力を込めて、眠りそうな頭で抱えたぬくもりを確かめる。


「俺の大事なコハルだね」


 間違いようがない。エイナルの、大事な大事なコハルだ。

 コハルがいるなら、ここはエイナルの家だ。

 間違うはずがないじゃないか。


 だから、エイナルは笑った。幸せな声が出た。


「ただいま、コハル」




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