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サムエルの押しかけ訪問から1週間後、昼さがり。
沿岸警備隊の新メンバーが、そろってやってきた。5人の男たちだ。初対面の4人に混じって、サムエルが良い人に見える笑顔を浮かべている。
とにかくこれも仕事だ。エイナルはいつものように灯台の中を案内し、灯火の機構を説明する。
晴れていたのをいいことに、見学の後のお茶は家の外でふるまった。
冬が近づくこの時期は、だんだん太陽を浴びられる機会が減ってくる。あらかじめ保温ポットに用意しておいた紅茶を出す。
4人は晴天のもとの休憩を喜んだ。
サムエルは時折視線をさまよわせ、何かを探している。
お前に見せてやるものか。
コハルも、レンも、タネリもトピも、家の2階に引っ込んでもらっている。
エイナルの大事なものを、この卑劣な男に見せたくない。
お茶菓子に出したのは、領主館から届いたマドレーヌだった。
最近、コハルは自分で焼き菓子を作ってくれるようになった。今日はクッキーを焼いてくれたから、エイナルとレンでとっくに完食した。お前に食わせるクッキーはない。
でもサムエルが来たおかげで、一つだけ、いいことがあった。
コハルとの距離が、縮まった気がする。
目が合うと、ちょっとおろおろ視線が泳ぐ。それから、照れたように笑ってくれる。あんまりじっと見つめていると、逃げてしまう。
控えめに言っても、くっっっっっっそかわいい!
毎晩寝る前のスケッチがはかどって仕方ない。
かわいいコハルの笑顔を何度も思い出して浮かれているうちに、5人はいつの間にか帰っていった。そこから一度も顔を合わせていない。
9月はとにかくせわしない。ろくでもない男にいつまでも関わっている暇はないのだ。
月の後半、秋はどんどん駆け足で深まっていく。森の木々は黄色や赤に紅葉しはじめ、朝晩は冷え込むようになってきた。タネリとトピはもう冬毛でモコモコだ。
エイナルとコハルとレンは、冬の準備で毎日大忙しになった。
冬を越せるだけの石炭が大量に運ばれてくる。ひたすらせっせと家の石炭室に積んでいく。灯火用のオイルも、煮炊きに使う薪もたっぷり。暖炉の煙突の煤も落とす。
森に入って、山ほどキノコやベリーや木の実を摘んでくる。食べたり、瓶詰めにしたり、干したり。漁師からお裾分けしてもらった魚も開く、干す、燻す。他の食材も着々と買い込んでいく。
冬用の暖かい衣服も用意する。
コハルは引き続き、カンナの妹から大量のかわいらしい冬服を譲ってもらって大喜びだ。
背が伸び続けているレンは、服のサイズ感を見定めるのが難しい。特にズボンがすぐ短くなる。結局、ヘルッコの息子とヴィッレの古着を譲ってもらい、大きめの服をまくって着ている。
それでも足りない肌着などは、街の服屋でたっぷり買って、暖かい靴と外套は新調した。
そうしてまもなくやってくる冬をにらみつつ、灯台の仕事は平常どおりだ。
レンが巻けるロープの量も増えていく。
とうとう先日、一人で全部巻き切った。
本当にえらい。努力のかたまりのような子だ。サムエルなど、この子の足元にもおよばない。
今のレンはもう、女の子には全く見えない。しなやかに筋肉がついて、背もコハルより高い。いつかヴィッレが言っていたとおり、街に出したらモテそうだ。
お祝いに食べたいものを聞いたら、さすが育ち盛りの男の子らしく、「いいよそんなの……まぁ、でも、肉が食べたい」という。とにかく大量に外で焼いて、とにかく大量に食べ切った。
冷え込みがいちだんと厳しくなった今朝のひととき。今シーズン初めて暖房を入れた。
ペチカと呼ばれる暖房だ。
居間の壁に、赤いレンガでどっしり作りつけられている。
ペチカの炉で石炭を燃やす。
その暖かい空気の熱が、壁の間を通って家中に行き渡るようになっている。
レンガの壁は、一度温まるとなかなか冷めない。真冬でもペチカで1日数回火を焚けば、家中どこでも暖かい。
ちなみにこの家は、台所もペチカと似たようなものだ。熱を無駄にしない。
かまどで煮炊きしながら、管で引き入れた地下水をその熱で温めて貯めている。だから冬でもお湯がすぐに使えるし、お風呂だって快適だ。
ほかほかのペチカの前で、トピとタネリが寝そべってすっかりくつろいでいる。
3人で朝食を食べながら、エイナルは外の天気が気になって仕方がない。
冷たい雨が降っている。さっき、灯台の上から空を眺めてきた。どうにも雲の動きが不穏だ。
街の庁舎の尖塔にも、久々に『気象警戒中』の信号旗が上げられている。
船と街と灯台は、かかげた旗で意思を伝え合う。
旗にはいろんな色と形が描かれている。大陸共通の信号旗だ。
「コハル、今日の天気、どう思う? 嵐が来そうな気がするんだ」
「うん、これからだんだん荒れると思う。風も雨も強い。夕方には雨はおさまる。風は強い」
「やっぱりそうだよね。波は一晩荒れるだろうな。心配だな……。今日の出入港予定、大きな船が多いんだ。特にお昼前後」
最後のオートミールを飲み込んで、エイナルは一瞬目を閉じる。それからきびきびとした口調で告げた。
「レン。念のため上に行っておこうか。救難の信号旗を出してる船がないか、気をつけて見る。灯台にはまだ暖房を入れてないから、暖かい格好して。雨ガッパと長靴も用意。その前に、『海上警戒監視中』の信号旗を灯台にあげる。手伝って」
「わかった」
レンはマグカップの残りのミルクティーを一気に飲み干し、さっと立ち上がる。
コハルが手早く食卓を片付け始めながら言う。
「お昼、早めに上に持って行こうか。簡単に片手で食べられるものを作るよ」
「ありがとう、助かる。昨日のコハルのジャガイモスープ、残ってる?あれ、すごくおいしいよね。体も温まる」
「まかせて!持っていく。それからタオル、たくさん用意する」
「うん、よろしく」
エイナルは、うれしくなってうなずいた。
気を引き締めないといけない状況だ。
でも、そういえば、気心しれた仲間との仕事は、こんなにも気持ちが昂まるものだった。
戻ってきた。そう思った。
元いた自分の世界に、心から信じられる世界に、戻ってこられた。
今度こそ、手放さない。守る。絶対に。
「あー、レンとコハルのおかげで心強いな!よし!絶対乗り切れる!ふたりとも、よろしく頼む」




