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灯台守の十二か月〜いけにえ少女と最果てスローライフ  作者: コイシ直
第6章 9月 波乱〜秋の嵐

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(6-3)

 

「久しぶりだな」


 そういうサムエルの顔は引きつっている。


 だったらわざわざ来なくていいのに。

 そう思いながら、エイナルは街の人を迎えるのと同じ態度で穏やかに言った。


「いらっしゃい」

「……相変わらずだな」

「そうかな?」


 エイナルは首を傾げる。海軍の軍服をびしっと着込み、きっちりと髪型を整えたサムエルを見下ろす。

 軍人にしては何となく締まりのない顔や首まわりが目に入る。

 こいつは相変わらずだな、と思う。身体能力の素質としては、かなり恵まれている方の人間だと思う。なのにそれを磨く努力をしようとしない。


 エイナルの物言いたげな視線を跳ね除けるように、サムエルは傲然(ごうぜん)とあごを上げた。言い放つ。


「中に入れろ」

「どうして?」


 本気で意味がわからず、エイナルは笑いそうになる。

 中に入りたがっている理由は分かる。昔のことを蒸し返して、エイナルが余計なことをしないように釘を刺したいのだろう。

 でも、この家に、こいつを入れるスペースは、髪の毛一本たりとてない。


 サムエルは、それでも引き下がらない。重ねて言い募る。


「話がある」

「断る。家族で食事中だ」

「家族?……へぇ」


 エイナルの横を通り過ぎたサムエルの視線が、いやらしくゆるんだ。


 嫌な予感がして、振り返る。サムエルの目線の先に、心配そうに立ってるコハルがいる。

 エイナルは、体でその視界を遮った。見られたくない。はらわたが煮える。


「なんだ、お前、嫁がいるのか」


 ニヤニヤと問いかけられる。こいつは昔から女癖が悪かった。この男が何をして王都を追い出されたのか、それを思うと本当のことなど言いたくない。

 コハルがメイドだと知ったら、しつこく言い寄ってきそうな予感がする。


 だからエイナルは、思い切り涼しい顔で言った。


「そんなようなもんだよ」


 言った瞬間、(そうなったらいいんだけどね!)と心底思ってしまった自分に衝撃を受ける。顔に出さないように必死でこらえたのに、


「……うっわ、コハル、真っ赤になってる!」


 笑いまじりのレンの声が聞こえて、もう、だめだ。サムエルのことなんか蒸発して、背後のコハルの気配に頭がたちまち沸騰した。


 ——コハルが赤くなってる?本当に?それって嫌じゃないってこと?あんなに距離を置かれてるのに?嫌じゃないって?本気で?だって嫁だよ嫁?なってもいいの嫁?!振り返ったら俺の嫁いる?!!


 一瞬でそこまで思考を巡らせて、エイナルも、まったくもって真っ赤になった。


「なんでそんな照れてるんだよ。のろけかよ」


 うんざりしたようにつぶやかれる。害虫除けに効いているならよかった。

 おかげで、エイナルはほんの少しだけ冷静になった。理性を総動員して、何でもない顔をとりつくろう。


「灯台見学なら、他の着任メンバーと一緒に昼間に来てくれたら案内するよ。仕事の話ならそこで済む」


 淡々と、事実を告げる。


「それとも、こんな夜に人目を忍んで来ないと話せない、後ろめたい話があるの?」

「っ、てめぇ!」


 胸ぐらをつかまれる。痛くもかゆくもない。


「今の俺は、灯台守で、領主に直接雇われてる。そんな一般人に軍人が手を出すって、どういうつもりで? それに、ここは王都でもない。あんたの親父は、ここにはいないよ?」


 ぎりっと歯ぎしりの音を立てて、サムエルの体が離れる。


「……お前、何も言うなよ」

「何を?」


 静かに、はっきりと、エイナルは返した。


「俺が、何を言うって?」


 サムエルは大きく舌打ちすると、足元に置いてあったオイルランタンを持ち上げた。

 黙ってくるりと身をひるがえすと、日が落ち切った夜道を帰っていく。


 月明かりだけはある。それでも暗い。


「気をつけて。ここらへんは突風が吹くことがある。火が消えると大変だ」


 冷やかしまじりに、その背中に声をかける。


 そのとたん、ぱちり、と指を鳴らすような音が背後で弾けて、

 ——サムエルのランタンが、消えた。


 エイナルは、ぱたん、とドアを閉めた。しっかり鍵をかける。戻ってきても相手をしないように。あいつに貸すマッチはない。 


 それから、レンを見た。そちらから、指を鳴らす音が聞こえた気がする。

 白銀の髪の少年は、ついうっかり、とでもいうような、気まずそうな顔をして自分の指先を見ている。


 エイナルとコハルの視線に気づくと、露骨に目を逸らして、居間に戻っていく。

 何事もなかったかのように食卓に座り、ハムを口に入れてもぐもぐしはじめた。あくまで目は合わせない。

 

 ——レンが、何かしたようにしか思えないタイミングで、火が、消えた。

 

 エイナルとコハルは、顔を見合わせた。

 コハルの顔が、まだちょっと赤かった。

 とたんにさっきのやりとりが蘇ってきて、レンどころではなくなってしまった。


「あ、あ、あの」


 エイナルは勢いのままに話しかけた。いきなりどもった。


「さ、さっきは、その、あの」

「あ、うん」


 コハルの目が泳ぐ。頬がますます染まる。めちゃかわいい。


「あの人、俺の、王都の軍人時代の同僚なんだけど、その、あの、女癖が良くなくて」

「あ、うん、そんな感じ、した」

「だから、その」


 エイナルは一気に深く息を吸い込んだ。一気に吐き出した。


「あいつがいるときだけでいいのでコハルを俺の嫁もしくは嫁みたいなものって言っててもいいでしょうかそうすればあいつも少しは怯むかもしれないので虫除けであくまで害虫除けでぜひ俺の嫁にぜひ嫁にぜひ!」


「あ、はいあのその、はい……ありがとう」


 うわ、そこでお礼を言っちゃうんだ?!


 とエイナルは思った。

 めちゃかわいい。照れてるコハル、めちゃかわいい。

 俺、今日、寝られるだろうか。

 とエイナルは思った。


 結局、眠れなかった。




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