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灯台守の十二か月〜いけにえ少女と最果てスローライフ  作者: コイシ直
第1章 4月 出会う〜コーヒー
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(1-2)

 

 いつまでも立ち尽くしているエイナルのもとに、尻尾を大きく振りながら、とうとうタネリがひょこひょこ駆けてきた。


 かしこいハスキー犬は、しょうがないなぁ、という顔をして、主人の服の袖をくわえて引っ張る。

 問答無用で誘導されて、エイナルは気づくと女の子の前にいた。


「えーっと」


 とりあえず、口走る。女の子の顔に、緊張が走った。

 エイナルは、自分の見た目のいかつさと声の低さを呪いたくなる。


 去年まで、王都で警備兵の仕事をしていた。そこそこ背が高いし、鍛えたがっちり体型だし、おまけに顔がそこそこ険しい。


 パッとしない亜麻(あま)色の髪の毛も、よくあるヘイゼル色の瞳も、エイナルのいかめしい顔を落ち着かせるばかりで、決して優しく中和してはくれない。


 こんな華奢(きゃしゃ)な女の子にとって、自分など恐怖の対象でしかないだろう。


「驚かせたなら、ごめん。俺は、ここの灯台守」


 慌てて言い募ってから、エイナルはまた、ようやく気づいた。

 女の子は、見慣れた(つる)編みの大きなバスケットを下げている。


「あ、ヴィッレの家に新しく入ったメイドさんだろうか」


 不安そうに首を傾げられて、エイナルもとたんに不安になる。


「違うのかな? いつもそのバスケットを届けてくれるんだけど。俺の友だち。領主の息子のヴィッレ」


 とたんに、女の子は「ヴィッレ!」と、ほっとしたようにうなずいた。よかった、話が通じた。

 しかし、普通は自分の雇い主を呼び捨てにはしない。


「君は、もしかして、領主館のお客さんかな?灯台の見学をしにきた?」


 女の子はまた、困った顔をして、何かを言った。

 聞いたことのない、不思議な響きの言葉だった。


 妖精の言葉かな、と一瞬本気で思ってしまったエイナルは、またもや自分のメルヘン思考に目を泳がせる。それでも隠れる穴はないから、仕方なく勇気を出して尋ねた。


「ルノル語を話せない、のかな?」


 また、困った顔をして、こちらを見ている。


 その顔は、この土地には珍しい黒髪黒目で、顔立ちはこの国の人間よりあっさりとしている。たまに船乗りで見かける東方系の人の顔立ちに近い。


 とりあえず、エイナルは、女の子の手からバスケットを受け取った。


「俺は、エイナル」


 自分のことを両手で指さした。もう一度、念押しで言う。


「エイナル」


 それから、ハスキー犬を指さす。その指に向かって、元気な犬が飛びついてくる。


「タネリ」


 思い切りタネリの頭まわりをぐちゃぐちゃに撫でてやってから、いつの間にか自分の足の間に座っている大猫を、よいしょと持ち上げる。


「トピ」


 もう一度、3つの名前を指さしながら繰り返す。

 女の子の顔が、ぱっと明るくゆるんだ。えくぼが浮かんで、ますます幼く、かわいらしく見える。15、6歳だろうか。


「コハル」


 女の子は、自分のことを指さして、急に元気よく言った。


「君は、コハルっていうのか」

「コハル!」

「そうか、よろしくコハル」


 エイナルは、すっかり嬉しくなって笑った。


「コハル、コーヒーは好き? コーヒー」

「コーヒー?」


 初めてその言葉を口にした、という雰囲気だ。


「そうか。飲んでみる?コーヒー」


 エイナルは、コハルを手招きして歩き出す。彼女は戸惑いながらも、数歩離れてついてきてくれた。


「今、ちょうど豆を焙煎しおわったところなんだ。ほら、これ」


 鍋の中を見せる。コハルは、驚いたように眉を寄せて、小さな鼻をすんすん動かしている。


「丸焦げでびっくりした? 確かに食べ物には見えないね」


 あまりにわかりやすい表情で、言葉がなくても理解できる。確かに自分も初めてコーヒー豆を見た時には、これが飲み物に変身するとはとても思えなかった。


 笑いながら、エイナルはレンガの台の前に立ち、準備を始めた。


 あらかじめ用意しておいた硬くて頑丈な木の板の上に、布を広げる。

 煎りたてのコーヒー豆を、そこに適量移した。

 なるべく平たい状態になるように、ざっくりとくるむ。


「これをね、上からかなづちで叩いて潰すんだ。豆がもろもろのバラバラになるまで」


 愛用の鉄製かなづちを軽く振り下ろす。ごりっと豆が潰れる感触があった。何度か叩く。

 息を詰めて見ているコハルに、かなづちの柄を向けてみた。


「やってみる?」


 戸惑いながらも受け取ってくれたので、場所を譲る。

 とん、っとかなづちが遠慮がちに振り下ろされる。コハルの顔が、ぱっと輝いた。豆の潰れる感触が楽しかったらしい。


 そのまま、トントンゴリゴリと順調にかなづちが動き始める。案外手つきが慣れている。かなづち自体は使い慣れていそうだった。


 釘うちも、できるだろうか。一緒に椅子を作ってくれるかもしれない。


 ぼんやりそんな妄想が脳内を漂っているうちに、みるみるコーヒー豆が砕かれていく音がする。


「そのくらいでいいかな。あまり細かくすると、飲むときに口の中がひどくザラザラになるんだ」


 エイナルは、直接コハルの手を上から握って止めた。小さな手だ。少し日に焼けていて、指先が荒れている。苦労している手に思えた。


 水を入れたやかんに、砕いたばかりの豆をざらっと入れる。


「布にくるんだまま水に沈めちゃってもいいんだけど。今日は豆だけで。味がよく出るから」


 言いながら、火の勢いが落ちついて、遠火になっているかまどにやかんを乗せる。

 コハルは何をしているのか分からない、という顔で見守っている。


 なんだか愉快な気持ちになったエイナルは、コハルが運んでくれたバスケットを開けて覗き込んだ。


 友人のヴィッレは、ろくに料理をしないエイナルの食生活を心配し、3日にいっぺんはこうやってバスケットを差し入れてよこす。


 今日は、いつもより多めに食べ物が入っている。いつもは入っていない焼き菓子まで見える。

 重かったろうに、と、申し訳なく思いつつ、気づいてしまう。


 ひょっとして、コハルと一緒に食べろ、ということだろうか。


 イタズラ好きな幼なじみの顔が浮かぶ。

 あいつは何を企んでいるのだろう。


「コハル、昼飯は食べた?」


 バスケットの中身を、見えるように傾けた。

 とたんに、コハルのお腹が、ぐぅぅぅぅ、と返事をする。


「わかった。よかったら一緒に食べよう」


 笑いをかみ殺しているのが伝わってしまったのか。コハルは真っ赤になっている。

 誰かとゆっくり食事をするのは久しぶりだった。心が少し、浮き立った。




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