(5-2)
「よぉ、エイナル。にぎやかだな」
「やぁ、ヘルッコ。いらっしゃい。お昼食べるだろ?」
「おう、もらう」
気心知れた会話を聞きながら、コハルは鍋の中のひき肉だんごを皿によそう。
すこーんと空の底がのぞけそうなほど晴れている。
だから、外のかまどで煮炊きして、エイナルお手製のテーブルを出して、みんなでランチを食べている。
今日の昼食は、コハルが作った。
朝ごはんは、エイナルが作ってくれることが多い。寝起きのコーヒーを入れるついでに、オートミールをミルクで煮込むだけだからと言って。早朝のロープ巻きの前に鍋に火を入れて、仕事が終わるとささっと食卓に出してくれる。
エイナルのオートミールはおいしい。いつも、食べ終わるのがもったいない。
「これくらいなら僕にもできる」
そう言って、今朝は初めてレンの作ったオートミールが出た。
ちょっと焦げて茶色いスープになっていたけれど、それも香ばしくてある意味おいしかった。
最近のレンは、ひとりでできることが増えてきた。朝から晩までエイナルの後ろをくっついて回っている。犬のタネリの後ろをくっついて歩く猫のトピみたいだ。
どうでも良さそうな態度を頑張って貼り付けているけれど、目はエイナルのしていることに釘付けだった。
ちょっとうらやましい、と思ってしまう。でも、コハルにはコハルで、できることがある。
昼食と夕食は、コハルに作らせてくれる。
それがうれしくて、毎日、台所をぴかぴかに掃除する。それだけじゃ満足できないくらいうれしくて、家の前を掃いて、家の中を磨いて、午前も午後も、手が空くとすぐに片っ端からいろんなものを洗濯する。
「コハル、腰が痛くなるし、手も荒れるだろ。ほどほどでいいんだよ」
置いた桶にかがんで手洗いし続けるコハルを、エイナルは心配してくれる。それがうれしくて、また頑張れてしまう。困った顔をして、エイナルが手伝ってくれる。レンも横から手を出してくる。
昨日からは、2階の部屋のカーテンを順番に洗って干している。白夜は終わったけれど、外はからっとあたたかいし、太陽はいまだに数時間沈むだけでほとんど出ていてくれている。
夏のうちに、洗濯できるものは全部洗濯しておく。それがこの国のやり方だと、同僚のカンナが教えてくれた。
コハルがこの街に来て4か月。この灯台の家に泊まるようになってから、まもなく1か月。
最近、思ったことが、この国の言葉で自然とぽろぽろこぼれ出るようになってきた。
とてもうれしい。幸せで、幸せすぎて、毎日、少し落ち着かない。
言葉が自分に馴染んで、少しずつ満ちてきた感じがある。
水が器に溜まって、やがてじんわりあふれだすみたいに。
レンと毎日一緒にいることも、大きいかもしれない。レンは手厳しい。発音や言い回しが違うと、ズバズバと突っ込んでくる。言い直してくれる。
コハルは思ったことは、なるべくまっすぐきちんと伝えたい。いつまた何が起こって会えなくなるか、わからないからだ。だから、それを手伝ってくれるレンには感謝しかない。
「レン、ありがとうだよ!」
「それ、違う。ありがとう。ありがとうね。もしくは、ありがとうございます」
「じゃあ、ありがとうね!」
「いいんじゃない。……なに?」
「なんでもない」
お礼を言われただけで照れてそっぽを向いている顔がかわいい、と言ったら本気で怒られるから、コハルはただニヤニヤとする。
かわいいじゃなくてかっこいいって言われたいお年頃なんだよ、たぶん、とエイナルに教えてもらった。だから、かっこいい!ってほめてみたら、顔を真っ赤にして怒られた。よくわからない。
そのときのレンの顔を思い出したら、笑ってしまった。
「……なに?」
隣で、こけもものジャムの瓶を開けてくれたレンが、むすっとしている。
「黙ってジャムの瓶開けてくれるレンかっこいい」
「なにそれ」
「かっこいいレンは、これからジャムをミートボールの横に載せてくれる」
「なにそれ」
むすっと顔を赤くしながら、言われたとおりに、ジャムを皿のはしに載せてくれる。
やっぱり、かっこいいよりかわいいだな、と思いながら、コハルはゆでた小芋と青豆をたっぷり添えた。
今日のランチは、ひき肉だんごのミルク煮だ。甘ずっぱいコケモモのジャムを肉だんごにつけて食べる。
以前から、領主館の料理長の奥さんに、この国の料理を少しずつ教えてもらっていた。
ここでは、牛の乳をよく使う。飲んでもクセがなくて、煮込むともったりとやさしく舌に絡むような味わいになる。とてもたっぷり使うので、いまだに少し緊張する。
コハルが養ってもらった小さな漁村では、牛の乳は高級品だった。どの家でもヤギを飼っていて、ヤギの乳とチーズをよく食べた。
それから、夏には一晩寝かせた馬の乳も飲んだ。取っておいた去年の乳を少し混ぜて、よくかき混ぜたやつだ。甘酸っぱくて、飲むと少し体がほかほかする。
また飲みたいな、と少しだけ思う。でも、もう飲めないことを知っている。あの村はもうない。
それに、この国の牛の乳はとてもおいしい。どんな食材にも合う。最高だ。
今日のミートボールも、焼いてからミルクで煮た。焼いたときの肉汁と混ざって、ほんのり茶色いソースだ。
コハルは盛り付けた皿を、ヘルッコに差し出した。
「はい、どうぞ。これ、この間もらったジャガイモゆでた。ありがとう!」
「おう!今日はタマネギを持ってきたぜ。いっぱい食べな」
ヘルッコは農家のご主人だ。エイナルのお父さんの友だちで、週に2回、灯台の手伝いに来てくれている。息子がいるから、少しくらい家業を抜けてきても大丈夫らしい。
「ガキの頃に小遣いほしさに手伝いに来て、なんやかんや続けてるな。確実に稼ぎが増える分にはありがてぇ」
最初に顔を合わせたとき、そう言って日に焼けた顔をくしゃくしゃにしながら笑っていた。
ヘルッコは、仕事の前に、毎回、昼食をうまいうまいと食べてくれる。彼が食べ終わったら、エイナルの仕事は今日はお休みだ。14時と22時のロープ巻きは、ヘルッコがやってくれる。
食後のお茶を飲みながら、ヘルッコがエイナルに尋ねた。
「んで、お前たち、今日はどこに遊びに行くんだよ?」
「今日は、海岸に行ってみようかと思ってる」
「あー、おととい大雨だったしな。出るかもしんねぇな」
「うん。出るといいよね」
「出る?何が?」
ふたりの会話に、思わずコハルは口を挟んだ。
「ああ、そうか。えっとね、ちょっと待って」
いうなりエイナルは家の中に取って返す。
再び戻ってきたその手に、ガラス瓶があった。「はい」とコハルに渡してくれる。
「これ、海岸で拾った石なんだ。はちみつ色の透き通ったものが琥珀、それよりかなり赤みが強いのがカーネリアン。透明なのが水晶」
「きれい……」
コハルは息をのんだ。太陽の光に透かした瓶の中が、輝いてみえる。いろいろな形の小粒な石が入っている。これまで見たこともないような、透き通った色あいの石ばかりだ。
「これ、宝石だ」
横から覗き込んだレンが小さくつぶやく。
「そうだね。大きな石は宝石の原石として取引されてる。海岸に打ち上げられると、あっという間に誰かが持っていくな。でも、これくらいのクズ石だと見向きもされないから、結構拾えるんだよね」
「こんなきれいなもの、拾えるの……?勝手に持っていっていいの……?!」
おどろくコハルに、エイナルは得意そうな顔で胸を張ってみせる。
「うん。大丈夫。というわけで、午後は砂浜で宝探しだ!」




